伊坂商事株式会社~社内恋愛録~
「宮根ー。これ、ありがとう。って、え?」
営業課に足を運んでみたら、とんでもない騒ぎになっていたから、私は驚いた。
何事なのかと思ってしまった私を見つけた本橋ちゃんが、逃げるように駆け寄ってくる。
「助けてください、篠原さん」
「何? どうしたの?」
「宮根さんがハンコくれないんです。いつもなんです。課長も私を怒るばっかりだし」
本橋ちゃんは涙目だった。
噂には聞いていたけれど、これはあまりにもひどい。
「ごめんね、本橋ちゃん。あいつ馬鹿だから」
「うぅ」
「悪いやつじゃないんだけど。愛情表現が下手っていうか」
私はもはや親戚のおばさんみたいだ。
宮根を睨む。
宮根はびくりと猫のように私を警戒し、
「しのちゃんには関係ないでしょ」
「あんたねぇ、本橋ちゃんが可哀想よ。何度も言ってるでしょ」
宮根はふんっと顔を背けた。
子供か、お前は。
「じゃあ、もういい。私、今から宮根の過去のすべてを暴露することにする」
「なっ」
「宮根が大学に入ってすぐの頃、いきなり私の友達に」
「ストップ! しのちゃん! わかった! わかったから!」
「そう? じゃあ、ちゃんとハンコ押してあげるわよね?」
宮根は不貞腐れながらも、しぶしぶ頷いた。
本当に、私のまわりは馬鹿ばかりだ。
この会社はこれで大丈夫なんだろうかと、一抹の不安が脳裏をよぎる。
それでも、私は、この会社が大好きだったりするから、困りものではあるのだけれど。