伊坂商事株式会社~社内恋愛録~
出先から帰社しようとした時、牛丼屋の匂いに釣られ、ちょうど昼だということを思い出した。
会社に戻って社食に行こうかとも思ったけれど、でも混雑具合を考え、俺はそのまま牛丼屋に入った。
と、そこには、見慣れた後ろ姿が。
「宮根じゃない。社外なのに、すごい偶然! あ、隣空いてるから座りなさいよ」
しのちゃんが俺を手招く。
「しのちゃんさぁ、昼に女がひとりで牛丼って、どうなのさ」
「うるさいわねぇ。たまに恋しくなるんだから、仕方がないじゃない」
俺はしのちゃんの横に腰を下ろし、店員に「大盛の豚汁セットで卵もね」と、注文した。
横からしのちゃんは、「ほんとあんた燃費悪いわよね」と、呆れたように言う。
「珍しいね。しのちゃんがひとりでいるなんて。今日、あの人は一緒じゃないの?」
「あぁ、沖野くん? 何か、キリのいいところまで企画書を作っておきたいからって」
「ふうん。振られたわけだ?」
「宮根じゃないんだから、それはない」
「なっ」
言い返され、ぐうの音も出ない俺。
しのちゃんは大学時代からの先輩で、もはや姉同然で、お互いに色々と弱味を握り合っているのだけれど。
最近は少し、俺の方が負け越している。
「あんたちょっと、本橋ちゃんのこといじめすぎよ」
「いじめてない。これは愛だ。っていうか、おばさんにお説教されたくないから」
「何よ! 私が『おばさん』なら、宮根だって『おじさん』でしょうが!」
「29と30を一緒にしないでくださーい」
ふんっ、と俺は鼻を鳴らす。
しのちゃんは握り締めた拳を震わせていたけれど。
「宮根さぁ、何にムカついてんのか知らないけど、私にまで当たり散らさないでよ。顔にも態度にも出てるし、そういうとこ昔から成長ないわよね」
「嫌なおばさんだな、しのちゃんは」
俺は苦笑いする。