伊坂商事株式会社~社内恋愛録~
一ヶ月ほど前、阿部課長に食事に誘われた。
そこで関係を強要され、私は逃げた。
奥さんも子供もいる人と不倫するなんて嫌だし、そもそも阿部課長ってきもいからタイプじゃないし。
そしたら翌日からは、パワハラ三昧の、この仕打ち。
余計なことを喋られる前に、私に無言で退職を強要しているつもりなのだろうけど。
何で私が辞めなきゃなんないんだっつーの。
「いっそバラしてやろうかなぁ」
でも、そしたらみんなに知られるし。
そうなると、後で阿部課長にどんな報復をされるかわからない。
だからって、泣き寝入り?
耐えてれば飽きてくれると思ったんだけど、最近どんどんエスカレートしてるしな。
間違ってなかったはずのところをわざわざ書き替えてまで、阿部課長は、どうやってでも私を辞めさせるつもりらしいし。
立場が弱いと辛い。
私にもカレシでもいたら、結婚に逃げるという手もあったのかもしれないけれど。
そうじゃなかったとしても、相談くらいはできたはずだ。
何が一番辛いかって、人に言えないことだよ、うん。
「あれ? 美紀ちゃん、まだ残業してたの?」
顔を上げると、企画課の山辺さんが封筒を手にこちらに歩を進めてきていた。
時計を見ると、すでに夜8時を過ぎていた。
「山辺さんこそどうしたの? こんな時間に」
「保険の書類を提出するのを忘れてて。でも明日までだったし、課長さんのデスクに置いとけばいいかと思ったんだけど」
「じゃあ、私が預かっとくよ」
「ほんと? 助かるよ。よろしくね」
爽やかな笑み。
この人は、こんな時間まで会社にいるのに、まるで疲れを知らないような顔だ。
すごいなと思う。