名前を、呼んで。
「佐藤さん―…大丈夫、ですか?」
夏のある日
デスク下にあるファイルを取るふりをして
他の誰にも、聞こえないように
彼は突然、小さな声でそう言った。
仕事を抱え込み過ぎて
限界ギリギリで真っ青になってた私に。
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
私の、体調のこと?
「ありがと、大丈夫よ。」
余裕を見せて、嘘吹いた。
私は、上司だ。
4月入社の新人くんに心配されるなんて、格好悪いじゃない。
でも、実際は苦しかった。
30を過ぎて
初めて主任に抜擢されて
早く結果を出さなくちゃ、って。
数字に追われる毎日に、息が詰まりそうだったんだ。
―…どうして、彼がその時そんな口を利いたのかわからない。
「…… ほんとに?」
その言葉が
胸の奥を深く貫いて
心臓が、止まった。