いきなり王子様

意味がわからないとでもいうようなその顔に、更に私の言葉は軽やかに続く。

「竜也が私を勝手に諦めようとしたっていうのはいただけないけど、私のことを想って悩んで苦しんでもがいてたなんて、気分いい。
社内の女の子が憧れの対象に据えているに違いない竜也が、だよ。
そりゃ、優越感も感じるでしょ」

竜也は、ちっ、と軽く舌打ち。

璃乃ちゃんが側にいなくて良かったなと私は少し眉を寄せた。

舌打ちなんて嫌いだけど、私の事が原因で思わず、のようだから見逃そう。

それに、普段そんなことしそうにない雰囲気なのにそうしてしまう原因は私だと思うと、まあ、顔が緩んでも仕方ない。

「でも、諦めようとしてたのに、どうして突然『遠距離恋愛しよう』なんて言い出したの?」

心に宿るそんな疑問を思わず口にした。

遠距離になることや私にその気がなさそうだという理由で、二人の関係を同期以上に進めることをためらっていたと言っていたのに、今の竜也からは私を求める気持ちしか感じられない。

甘い言葉で私を餌付けて、そしてその体温で私の迷いを解きほぐすように囲い込んでいる竜也。

諦めていたと言いつつ、昨日からの強引な展開と、私をとろけさせるような甘々全開の言葉の数々を放っている彼からは、ちぐはぐな印象しか受けない。

本当、竜也の気持ちの変化の理由がよくわからない。

そんな私の疑問を察したようにくすっと笑った竜也は、もったいぶった口調を隠そうともせずに言葉を落とした。


「『みんなから大切にされすぎて、いつ泣いていいかわかんないよね』
奈々が璃乃に言ったこの言葉に俺は囚われてどうしようもなくて、今もそのままだ」

私の唇にちらりと視線を落とした竜也は、それにはっと気づいて身構えた私の反応よりも早く、

「この口が、そう言ったことを、覚えてるか?」

竜也は私の唇を彼のそれで覆いつくし、私への強い気落ちを露わにしながら喉を震わせる。

楽しそうなその声に、私の思考回路は即時停止。

そして尚も続く口づけは、竜也が満足するまで続いた。

……10分ほど。
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