いきなり王子様
『みんなから大切にされすぎて、いつ泣いていいかわかんないよね』
この言葉を言った日の事を、忘れるわけなんかない。
まだ幼稚園に通っている幼い璃乃ちゃんが、大人びた作り笑いを浮かべている切ない状況を目の当たりにした時に、私が言った言葉。
病院で顔を合わせるようになって何度目かの夕方、診察を終えた私たちは院内の中庭のベンチに腰かけて、私が作ったマドレーヌを一緒に食べていた。
幼稚園の制服を着ていた璃乃ちゃんは、膝の上にハンカチを広げて制服が汚れないように気を付けていたのが印象的で、よっぽどしっかりとした育てられ方をしているんだなと感心した。
当時の私は仕事が忙しくてストレスばかりを抱えていた。
終日の休みを取ることは無理な状況で、病院にも仕事を抜けて通っていた。
会議と会議の合間に病院へと通うこともストレスとなる状況。
病状が一気によくなる事はないよなあ、とため息を吐きつつも、それでも仕事を休めない日々。
『奈々ちゃんの制服、かわいいね』
会社の制服を着ていた私ににっこりと笑ってくれた璃乃ちゃん。
膝丈のタイトスカートと薄いピンクのブラウス。
スカートと同じグレーのカーディガンを纏った私は、オフィス街でよく見かけるOL仕様。
特に可愛いと言われることはないけれど、意外と気に入っている。
社内で履いている靴は、黒のナースシューズ。
以前はハイヒールを履いて闊歩していた社内だけれど、それで一日過ごすと夕方には足が疲れて仕方がない。
先輩たちのオススメだというナースシューズは、一度試して以来手放せない掘り出し物。
病院には靴を履きかえてハイヒールで来たせいか、制服とのアンバランスさが目立つようで居心地が悪かったけれど、璃乃ちゃんは『かわいい』と誉めてくれた。
『奈々ちゃん、お仕事大変?』
『そうだね。大変かな。忙しくてばたばたしてるよ』
『病気にならないでね』
心配そうな璃乃ちゃんに、もう病気なんだけどな、と心の中で軽く呟きながら、こんなに小さな子にいたわってもらう私って情けない。
思わず苦笑した。