いきなり王子様
『まだいくつかマドレーヌ余ってるから持って帰ってもいいよ。
璃久くんだっけ?おうちで一緒に食べたら?』
『え?いいの?璃久、ケーキとか大好きだから喜ぶよ』
『じゃ、これ全部持って帰っておうちで食べて。
あ、ご飯の前に食べてご飯が食べられないとだめだから、お母さんにもちゃんと言ってから食べてね』
手元に残っていた幾つかのマドレーヌを、袋ごと璃乃ちゃんに手渡すと、彼女は大きく笑って
『奈々ちゃん、ありがとう。おかあちゃんにもあげて一緒に食べる』
声を弾ませたけれど、不意に何かを思いだしたようにその笑顔が曇った。
『ん?どうしたの?』
どこか俯きがちな様子が気になって、その顔を覗き込むと、璃乃ちゃんは俯いたまま小さく首を横に振った。
『何でもない。璃乃、お母ちゃんと一緒にマドレーヌを食べる』
呟くその声はどこか力なくて、お母さんと一緒に、と言いながらも、それを喜ぶ様子はどこにも見当たらない。
『どうしたの?もしかして、お母さんはマドレーヌ好きじゃないのかな?
そうだったら、無理に食べなくてもいいんだよ』
そう言っても、璃乃ちゃんの気持ちは沈んだままで、どうしたんだろうと首を傾げた。
今の今まで元気に、そしておいしいと言って、食べてくれていたのに。
『璃乃、お母ちゃんの事、困らせてばかりだから……マドレーヌ、喜んでもらえるかわからない』
途切れ途切れの声は涙をぐっとこらえているようにも聞こえて、その目を覗き込んだ。
俯いて、膝の上に置かれた手でしっかりと握っているマドレーヌをじっと見ているその瞳からは、今にも涙が零れ落ちそうだと気づく。
口元をしっかりと結んで、何かに耐えている様子は大人びていて、幼稚園の制服には合っていない。
それが、とても悲しく思えた。