いきなり王子様


そして、その日以来璃乃が通院する時に、俺が付き添う機会が増えた。

けれど、病院で奈々を見かけることはなかった。

病院に行けば必ず会えると期待していたわけではなかったけれど、あんなに優しく笑う奈々を再び見たい気持ちは思いの外強くて、

『璃乃と一緒にいたお姉ちゃん、最近見ないな』

何気なさを装って璃乃に聞いた。

『奈々ちゃんね、めまいが治ったからしばらくは病院に来ないって。
でも、しばらくしたら来なさいって言われたから来るんだって』

やっぱりあれは、奈々だったのか。

確信していたとはいえ、璃乃の口から彼女の名前が出て、妙にそわそわした。

璃乃と一緒にいるところを見かけて以来、本社に行く機会もなく、奈々と会う事はなかったし、たとえ会ったとしても、俺がどう行動するのかなんて、自分でもよくわからないけれど。

まるで天使のようだった奈々に会えればな、と密かにため息をついた。

そして、奈々と会わない時間や、離れて仕事に励む距離が、俺の中から奈々への想いを少しずつ小さくしていった。

年に数回ある同期会でも、それまで同様当たり障りのない挨拶程度。

さりげなく体調を探ってみても、特に通院をしている様子もないことに安心し、眩暈に苦しんでいるわけでもなさそうで安心した。

きっと、完治して通院の必要もなくなったんだろう。

これから璃乃の通院に付き添っても、きっともう奈々と会うことはないんだろうと苦笑した時にはもう、奈々という天使を病院で見たあの日から、かなりの時間が経っていた。




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