いきなり王子様
ため息交じりの私の声に、体をぴくりと震わせた甲野くんは、細めた目を私に向けると。
「別に」
低い声が部屋に響いた。
「はあ?」
思わず出た私の声が呆れたものだとしても仕方がない。
これまで特に親しく付き合ってきたわけではないけれど、一応は同期。
大変だった研修を一緒に乗り越えて、配属された後も困った事があれば迷わず手を差し伸べる、のが当たり前の同期という特別な関係なのに。
工場見学会の打ち合わせをしている時からずっと冷たい態度。
「あのねえ、私に何か言いたい事があれば、はっきりと言ってくれる?
私を気に入らないっていう態度ありありで、正直むかつく」
つかつかと甲野くんの目の前に歩いて行って、睨みつけた。
私のことを、好きではないにしても、人としての最低限の礼儀はあるはずだし、せめて仕事の打ち合わせくらいはもう少し愛想よくしてほしい。
そんな私の気持ちが思わず溢れて、思った以上に口調は荒々しくなった。
言い切った後で、息を整えながらも甲野くんにしばらく厳しい視線を向けていると。
「お姫さまって言われるのも納得だな。まじで綺麗な顔してる」
ふっと小さく息を吐きながら呟いた甲野くんは、何気なく上げた右手の甲でそっと私の頬を撫でた。
瞬間びくっとした私に構う事なくしばらく撫で続けると。
「言いたい事をはっきり言えって言われたから言うけど」
思わせぶりな口調と、どこか甘い瞳で。
「遠距離恋愛、できるか?」
思いがけない言葉が落とされた。