いきなり王子様
心配そうな璃乃ちゃんの声を聞いて、隣の竜也もはっとした顔を私に向けた。
「あ、大丈夫だよ。鼻は大丈夫、どこも悪くない」
「奈々?」
「ほんと、ほんと。心配させるようなことを言ってごめんね」
ははっと声をあげて、安心させるように笑って見せた。
それでも、心配そうな表情を崩さないふたり。
「私ね、鼻は悪くないんだけど、大人の歯が一本足りないの」
その言葉をじっと聞いていたふたりは、意味がわからないのか、首を傾げた。
「歯?」
竜也の声。
「そう。私には大人の歯が一本ないの。子供の歯……いわゆる乳歯が今でも一本残ってるし、これからもずっとその乳歯を大切にしなくちゃいけないんだよね」
「それって、永久歯がはえてこないってことか?」
「うん。生まれながらに永久歯が一本足りないの。
幼稚園の時、歯科検診でレントゲンを撮ってもらって発覚したんだけど、私みたいに永久歯に生え変わらない大人って意外に多いらしいよ」
「奈々ちゃん、子供の歯が抜けないの?いいなあ。
璃乃、ここの歯が抜けたばかりでご飯食べにくいもん」
「ふふっ。抜けないのはいいけど、新しく大人の歯がはえてこないのも寂しいよ」
小さく笑って答える私の言葉の意味が、璃乃ちゃんにはよくわからないらしい。
考え込むように目を丸くしているけれど、きっと理解できないだろうな。
竜也もしばらく考え込んでいたけれど、何かを思い返すように呟いた。
「前に、テレビの特集かなんかで見た事があるな。
乳歯が抜けないまま、永久歯がはえてこない人が結構いて、一生乳歯のままか、差し歯にしたりしてるって」
「そう。私はまだ乳歯を一本大切にしてるんだけどね。
虫歯になったらだめだから、小さな頃から神経質に歯磨きばかりさせられた」
「あ、だから、『歯磨きのおねえちゃん』って呼ばれてたのか?」
ふと思い出したのか、大きく声にした竜也に、私はくすりと笑って。
「そう。璃乃ちゃんと出会った頃、病院で歯磨きしてる所をよく見られたからね。璃乃ちゃんには歯磨きのおねえちゃんって呼ばれてたんだ」