いきなり王子様


ちょうどクリスマスシーズンだったその日、4か月ごとに受けていた歯科検診で気軽に撮ったレントゲン写真を見ながら、院長先生と話していた母さんの顔がどんどん苦しげに変わっていったのを覚えている。

院長先生の話を私に聞かせないようにとの配慮だったのか、少し離れたところで『フッ素塗布』をしてもらっていた私は、ちらちらと二人の様子を見ながら口の中に広がるフッ素の味に顔をしかめていた。

いつも苦手なその味に泣きそうになりながらも、私の顔には笑いが浮かんでいたと思う。

クリスマスの音楽が流れる診察室には、クリスマス仕様の飾りがたくさんで、それだけでも心は和むのに、一番私の心をとらえていたのは院長先生だった。

母と向かい合い、真剣な顔で俯いている院長先生は、そんな表情を裏切るかのように、真っ赤なサンタさんの衣装を着ていた。

何やら暗い声がぼそぼそと聞こえ、母さんは泣きそうな顔をしているのに、院長先生はサンタさんの格好で。

そのギャップがおかしくて、子供ながらに不思議でたまらなかった。

その日、院長先生と母さんが話していたのは『永久歯欠損』のことで、原因もよくわからないそれが私の身に当てはまる事実に。

母さんはひたすら驚き、嘆いた。

『奈々を妊娠していた時の、私の生活が原因でしょうか?』

そんな言葉を院長先生に投げて、まるで自分が悪いかのように悲しみに包まれた。

そして、『奈々、ごめんね』と、自分を責めた。

そんな母さんが、必要以上に私を大切に、気を遣い、謝罪の心を向けるようになってしまうのは自然な流れだった。

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