いきなり王子様
「まあ、永久歯が何本もはえない人にとっては、大人になっても大きな悩みだろうし苦しんでいるんだろうけど。
少なくとも今の奈々にとっては大した悩みじゃないんじゃないのか?」
くるくると回ってくるお寿司から目を離さないまま、たまにちらりと私に視線を向ける竜也にとっては、本当に大した事ではないんだろう。
少なくとも私に対する見方が多少なりとも変わるかもと、思っていた私の予想は大きく外れて、それは思っていたよりも嬉しい事だと気づいた。
「今日、璃乃ちゃんと再会するまで、歯の事なんて忘れてた。
うん。大したことじゃないんだよ」
小さく肩をすくめて。
私も回転レーンから『いなり』を手に取った。
このお店の『いなり』に使われているお揚げの味が大好きで、必ず食べている。
隣の竜也は『いか』を続けて取ると。
「姉貴からもらった軍資金の額を考えたら、回らない寿司でも良かったんだけどな」
おかしそうに呟いた。
もともと竜也のお姉さんから頂いていた夕食用の軍資金。
それは、璃乃ちゃんも一緒に、っていう意味があったんだけど、結局璃乃ちゃんのご両親と璃久くんは、サッカーチームの打ち上げの途中で抜けて帰ってきた。
『お姉ちゃん、僕、ゴール決めたんだよ』
部屋に入るなり璃乃ちゃんに抱きついて、嬉しそうに報告する璃久くんが、どうしても璃乃ちゃんと一緒に晩御飯を食べたいと言ってきかなかったらしく。
ご両親にしても璃乃ちゃんのいない夕食は気が進まなくて。
『夕食代はそのままあげるから、二人で仲良く帰ってくれていいよ』
みんなが帰ってきた途端、追い出されるように璃乃ちゃんとお別れした私達。
家を出る時に見た、璃乃ちゃんの楽しそうな顔に安心して、とりあえず回転寿司にやってきたけれど。
「いっそ、普段は行かない高級料亭でも大丈夫だったんだけど」
璃乃を夕飯に連れて行くだけなのに、姉貴、これは多すぎるだろ。
ぶつぶつ言う竜也の言葉に、……いくら軍資金としてもらったのかは、聞かずにいようと、ふふっとっ笑った。