いきなり王子様
恋人に抱きしめられて、体を重ねる幸せを味わった経験、もちろんある。
この年になれば、それは珍しい事ではないし、いくつかの恋愛を経験すれば、喜びと悲しみ、味わう感情の種類はかなりのものだ。
竜也が私を求めてくれる事に、喜びも感じるし、飛び込みたいとも思うけれど、竜也が私を、私一人を欲しがっていると心底実感できないせいか、躊躇してしまう。
「奈々は、俺の事、好きか?」
「な、何、いきなり」
突然の問いに、私の声は裏返った。
「俺の気持ちが、奈々の気持ちよりも格段に強いってのは自覚してるけど、それでもいいから、俺は奈々が欲しい」
「ろ、露骨だね」
「くくっ。さっきから、どもってばっかりだな」
「だ、誰のせいだと」
「ほら、また」
「……だから、何よ?突然欲しいなんてあからさまに言われて、驚かない方が無理」
「だな。それをわかってでも、どうしても、だ。どうしても、奈々が欲しい」
私の手をぎゅっと握りしめて、言葉同様熱い気持ちを伝えるかのように、離さない。
じっと、その手を見ながら、とっくに私の気持ちも竜也にとらわれているんだけどな、と小さく息を吐く。
竜也が見せてくれる真剣な表情と、低くて重い声音、手から注がれる熱い想いを考えれば、竜也の言葉に嘘はないんだろうと思うけれど、それでもどうしても気になってしまう。
昨日、竜也が愛しげに見つめていた美散さんの事が、どうしても私の脳裏をよぎって、素直になれない。
彼女を単なる友達以上の想いで大切にしているってことは、明らかだ。
それでも、私を好きだと言ってくれるし、美散さんは結婚している。
とはいっても、不安で仕方がない。
私が鈍感で、そんな竜也の表情が持つ意味に気づかなければ良かったのに。
それでも気づいてしまったから、どうしようもなく、切ない。
「そろそろ、教えてくれてもいいと思うんだけど」
拗ねたように、呟くと。
私の言葉を予想していたように、竜也は目を細めて笑った。
「もう少し、焦らしたかったんだけど」
相変わらずのもったいぶった声。