いきなり王子様


『更に申し訳ないんだけど、今から会社に出てこれるか?』

「え?今からですか?」

『ああ。明日、相模目当ての御一行様が来て、会社見学という名目のファンの集いが開催されるんだ』

面白がってるような、それでいて迷惑このうえないとでもいうような、ため息混じりの声に、

「ファンの集い……」

椎名課長の言葉を理解できずに、私はただぼんやりと呟いた。

そんな私をくすりと笑った椎名課長は、言葉を続ける。

『投資家さんの、社内見学だな。まあ、相模のことが好きでうちの株を保有している個人投資家さんたちが、やってくるんだ。
幹事証券会社に泣きつかれて、部長が渋々引き受けたんだけど、末端にいる俺らの細かい作業を考えてくれよな。
で、その準備でIRの他のメンバーも何人か来ていて、本庄にも来て欲しいんだけど、大丈夫か?
明日配るカタログやら会議室の準備やら、今日のうちにやっておかないと間に合わないんだ』

「あ……わかりました。じゃあ、今から、向かいますけど、えっと、今、出先なんで一時間以上かかりますけど?」

『あ、とりあえず、来れる時間でいいから、顔を出してくれ。
本庄にしかわからないデータやらあるから、頼むわ』

椎名課長のほっとしたような声を聞かされて、もう行くしかないか、と諦める。

せっかくの竜也とのデートだけど、仕事を投げ出すわけにはいかない。

そっと竜也を見上げると、予想通り憮然とした表情で私を見ている。

あ……やっぱり怒ってるよね。

『じゃあ、待ってるから。あ、とりあえず教えて欲しいんだけど、井上開発の社長って、最近変わったか?息子が跡を継いだとか』

「井上開発ですか?はい、先週だったと思いますけど、息子さんが社長職を継いだと連絡を受けましたよ。挨拶状、見てないですか?」

『ああ、申し訳ない。俺、ずっと出張続きで見てないな。
課長失格だな。とりあえず、井上開発の新しい社長さんも、明日来るらしいわ。
じゃ、待ってるから、気を付けて』

早口にそう言って切られた会話。

既に会社で忙しくしているに違いない。

仕方がないか、

「ごめん、会社に行かなきゃ。どれだけ時間がかかるのかわからないから、竜也、悪いけど今日は帰ってもらった方が、いいかも?」



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