いきなり王子様
竜也と気持ちを添わせてすぐなのに、仕事に行かなきゃいけないなんて、予想外だけど、新人でもないし、私にしかわからない業務も、確かにある。
「残念だけど……ごめん」
寂しい気持ちを封印して、頭を下げて謝った。
「仕事なら、仕方がないけど……食事する時間もないのか?」
低い声からは、私を責める感情は感じられないけど、それでも機嫌がいいわけではないとすぐにわかる。
確かに、私とここで別れることに、あっけらかんと笑って答えられても寂しいけれど。
「食事かあ、一緒に食べたいけど……無理かな。課長、急いでるみたいだから、このまま行くね。
ここからなら、電車でも行けるから」
「は?なんで電車?」
「なんでって……タクシーなんて乗れる立場じゃないし」
「っていうか、電車とかタクシーとかおかしいだろ」
「……?バスも走ってないけど」
まさか、歩いて会社まで?
そんなの無理無理。
「休日だから、電車すいてるだろうし、一時間くらいで……」
「だから、電車に乗らなくても、俺が車で送っていくから」
「あ……」
どこか呆れたような竜也の声に、はっとなる。
その選択肢は全く私の頭に浮かばなかった。
恋人という存在が長い間いなかったせいで、そんな思考回路からも離れて生きていたな、と改めて気づく。
「なんで一人でさっさと行こうとするかな。早く俺と別れて会社に行きたいのか?」
「まさかっ」
「だったら、俺が会社まで送っていくから。電車なんか論外だろ」
竜也は拗ねたように呟くと、当然の事のように私の腰を抱き寄せて歩き出した。
駐車場に向かいながら、そっと隣を見上げると、悔しげに口元を引き締めている。
私と一緒に過ごすことができなくなった休日を残念に思ってくれているんだろうとわかるその表情。
……申し訳ないけれど、そんな表情を見るとほっとする。
私を大切に思い、一緒にいたいと思ってくれているんだとわかることに、意外なほど私の気持ちは温かくなって、会社に行かなくてはならない状況ですら、それほど抵抗感がなくなる。
私をずっと見ていてくれたという、今日までの竜也の告白に嘘は感じられなかったけれど、それでもやっぱりここ数日の急展開には、追いつけない気持ちも多くて。
本当なのかな、夢じゃないのかな、と疑う気持ちも確かにあったけど。
ぶっきらぼうな言葉は、確かに私を好きだと響いていて。
どこか子供のような竜也が、愛しく思えて仕方がなかった。