いきなり王子様
再び竜也の車に乗り込んで、一路会社へと向かう。
ショッピングモールを出る直前、目についたおにぎり屋さんで、竜也はいくつかおにぎりを買ってくれた。
「会社に着くまでに、食べておけ」
「うん……竜也は食べないの?」
「俺は、運転してるし、奈々を降ろしてから適当に食うからいい」
「そっか、ありがとう。ごめんね」
それほど混んでいない一般道を順調に進みながら、炊き込みご飯のおにぎりをほおばっていると。
「なあ、さっき電話で話してたけど」
前を見ながら、竜也がふと呟いた。
その声にはどこかためらいも感じられて、『あれ?』と違和感。
運転に集中しながらも、どこか私に対して遠慮する様子も見える。
「どうしたの?」
お茶を一口飲んで、竜也を見ると。
「井上開発って、最近、うちの本社の近くに移転してきた会社か?」
感情のない、平らな声で、そう続ける。
横顔からは、竜也の言葉の意味がよくわからなくて戸惑ってしまう。
「井上開発?どうしたの、突然」
「いや、さっき、課長からの電話で『井上開発』って言ってたから気になって」
「あ……井上開発って、確かに言ってたけど。明日の御一行様の中にいらっしゃらるみたい。最近新しく社長に就任された、前社長の息子さんが来られるみたいだね」
「そっか……うちの会社の株にも手を出してるか……。
まあ、彰人さんなら、常識もあるから大丈夫か」
「ん?何、どういう事?」
会社の株?手を出す?彰人さん?って誰だ?
首を傾げる私を視界の隅に捉えたのか、竜也はちらりと視線を私に向けるけれど、すぐに前を見据えて運転を続ける。
「竜也?何言ってるのか訳がわからないんだけど」
竜也は私の声に、小さく息を吐くと、
「井上美散。美散の旧姓だ。で、井上開発の新しい社長は、美散の兄貴。
井上彰人。明日の御一行様の中にいるらしい人」