いきなり王子様
きっと、他社からの引き抜きもあるだろうし、独立だって容易に実現できると思うけれど、相模課長にその気はなく、企業に勤務しているからこそできる仕事も多いから、と研修であっさりと言っていた姿を思い出す。
自分の名誉よりも建築士としての可能性を探りたいと。
それはもう格好良かった。
新人だった当時、私もこの会社にこの身を埋めようと生意気な考えもちらりと浮かんだ。
それくらい、誰にでも影響を与える相模課長。
そんな人を『ご贔屓』にして、わが社の株式を買い、月曜日にやってくると言う投資家の皆様の気持ちもわからないではないけれど。
「さ、俺はこれから宣伝部の課長と寿司に行くけど、来るか?奢るぞ」
相模課長を盛り立てる……即ち会社を盛り立てる為に休日出勤までする椎名課長。
相模課長と同期なのに、この現状の違いに、私は胸が痛い。
同じ会社で働いているのに、スタッフ部門は縁の下の力持ち。
わが社の前線に立つ設計部門を盛り立てる事が多くて表に出る事はなかなかない。
特に不満もなく、淡々と仕事をしているけれど、椎名課長だって何か思うところはあるはずだ。
そんな椎名課長の気持ちを、推し量りながら、何だか切なくもあった。
「本庄、寿司、どうする?飲みたければどれだけ飲んでもいいぞ。
彼氏いないって言ってたよな?だったら時間あるだろ?」
鬱々と考え込んでいた私にかけられた声に視線を上げると。
「課長たちが行く寿司屋、うまい酒が多くて有名だぞ」
同じ経理部IR課の先輩、三橋さんがにやりと笑った。
経理部に配属されて以来、一緒の課だという事で何かと面倒を見てくれる三橋さんは、昨日まで地方の営業部に出張で出ていた。
夕べ遅くに自宅に帰って、本人いわく泥のように眠っていたところを椎名課長からの呼び出し電話で起こされて。
『来て手伝わなければ、来週から更に出張地獄へ突き落すからな』
そんな脅迫じみた言葉を聞かされたらしい。
……まさしく、脅迫。パワハラだ……。