いきなり王子様
「そんな見かけ倒しのお姫様が、可愛くて仕方なかったな」
相変わらず近い距離のまま、三橋さんがにっこりと笑った。
「配属されてすぐに、奈々が大きな失敗やらかして、部署総がかりで対応した後、全員に頭下げて回って。で、直後に気持ちが緩んで気を失って」
「あ……その節はどうも」
思い出すと恥ずかしさばかりの出来事。
ありえない失敗をして、部内総出でリカバリーにあたってもらった。
あの時は退職願の書き方ってどこかに載ってるかな、と思いながら必死に作業をしていたっけ。
入社して半年、慣れによる気の緩みが顕著に現れる頃で、私も例にもれず些細なミスによる大きな騒ぎを引き起こした。
幸い他部署への影響もなく、穏便に処理できたミスだったけれど。
数字を間違えただけで、あんなに大勢の人を動かさなければならないミス。
本当に、悪夢のようだったし、それ以降は十分すぎるほど慎重に仕事に向かい合うようになった。
「気が緩んで、俺の目の前で倒れた奈々を抱きとめた時、ちょっと気持ちが揺れたんだけどな」
「は……?そんなの、全然気が付かなかったし。三橋さん、その頃からずっと恋人いたじゃないですか」
「まあ、恋人がいても俺の心をぐぐっと引き寄せるくらいに奈々には魅力があったってことだ」
「……っ」
小さく肩を竦めた三橋さんは、ようやく私から体を離した。
私は、ほっとしながら、長身のその体を見上げるように視線を向けて、
「もうすぐ結婚するくせに、よくそんな事が言えますね」
冗談に違いないと思いつつ、呆れた声でため息を吐いた。
「んー。恋人には惚れ込んでるから、俺。奈々が一度や二度俺の心を揺らしても、だからってどうにかなるもんでもないし」
「……はあ?」
「だけど、俺は奈々を大切に思ってるし、幸せじゃなかったら気になるってことだ」
よくもまあ。
結婚間近の婚約者がいるのに、どうして他の女にこんなに甘い言葉を吐けるんだろうか……。