いきなり王子様
「甲野さん、今日の帰りも家まで送ってもらえますか?」
つかつかと入ってきた女の子は、私なんて眼中にないかのように甲野くんの目の前に立つと。
「まだ、車が車検から戻ってこないんですよ」
ほんの少し傾げられた頭、そして揺れるウェーブのかかった栗色の髪は女の私から見ても可愛く感じた。
親しげに甲野くんの腕に手を置いた彼女は、見上げるように視線を向けると。
「家が近いって、本当にいいですよね」
甘えた声で笑った。
斜めから見る横顔は、綺麗に仕上げられた目元と口元の微妙な色合いによって、彼女をかなり可愛く見せていて、思わず見入ってしまうほど。
アイラインの終着点に、相当のこだわりを持っているんだろうとわかるのは、私が同じ女で、私自身が既に経験済みだから。
甲野くんの腕に置かれた彼女の指先の細かい動きやタッチの強さですら計算されているんだな、と瞬時にわかってしまう。
まあ、それは経験していないけれど、それでも彼女の心情はわかってしまう。
それは、それだけの年を重ねて来たっていう事と、私自身はそんな駆け引きに似た行動を自制しながら生きてきたからかもしれない。
私が『お姫様』と呼ばれるようになってからの長い日々は、自分の感情や欲求だけで行動する事を諦める苦しい日々だった。
だから、真逆の生き方をしているように見える目の前の彼女の気持ちがわかるのかもしれない。
そして併せて感じるのは。
『羨ましい』
それに尽きる。