いきなり王子様
「そうか?間違いなく、俺は幸せだし、それを隠すつもりもない。
結婚相手は最愛の女。溶けそうにならずにいられるかよ」
近くにあったカバンを手にし、帰る支度を整えながらの言葉は、至って冷静。
でも、その言葉に含まれるものは、駄々漏れの甘さばかりで、
「そんな言葉を言う人が、私の事を気に入っていたなんて、何だか信じられないですけど」
「信じないならいいけどさ、俺は、恋人とは違う次元でたくさんの大切な人がいるし、それは当然だと思ってるから。
で、奈々もその大切な人の一人。
奈々だって、そのうち彼氏以外の大切な人を、自然に受け入れられるさ」
「そうですかね」
これ以上何を言っても三橋さんからの言葉には戸惑いばかりだろうし、と。
半分以上諦めばかりの気持ちで、肩を竦めた。
何となくわかるようなわからないような。
恋人以外の大切な人、そして気持ちを揺らす人。
そんな人、今の私には家族くらいかな……あと、友達?
「で、その竜也くんとはいつからだ?」
「え?」
「さっき、竜也って、口にしていただろ?」
さっき?
あ、確かに、思わず叫んでいたような気がする。
「竜也って、社内の男か?」
「いや、あの、その……」
探るような、そしてからかうような言葉に、焦りばかりがこみあげてくる。
できれば竜也の事は、まだ公にしたくはないんだけど、自分で言ってしまってはどうしようもない。
それに、相手は三橋さんだ。
このまま見逃してくれるとも思えない。
「今まで男っ気のなかった奈々をようやくおとして、キスマークまで残した男に、俺は酒でも奢ってやりたい気分だな。
散々飲ませて、奈々を泣かせると許さねえって、脅してやるか」
はははっと笑うその笑顔、どこか黒い笑顔にも見えて、本気でそう思っているように思えて仕方がない。
私の恋愛経験値の低さ、よく知っているだけに、心配なんだろうけど。
「……絶対に、会わせません」
握りこぶしと共に、唸った。