いきなり王子様
* * *
『相模恭汰を囲む会』
ではなく、投資家の皆様への本社案内は、滞りなく終了したらしい。
らしい、というのはその言葉通り、私には直接案内の役目は回ってこなかったからで、案内が行われていた間ずっと、経理部内の打ち合わせブースに一人こもって作業をしていた。
できれば、美散さんのお兄さんを見たいなあと、思っていたけれど、会って何を言えばいいのかもわからないし、急ぎの作業があったから、お兄さんと会う機会はなかった。
……けれど、どうしてだろう?
今私の目の前にいるのはまさしく美散さんのお兄さん。
「へえ、竜也が惚れるのも無理ないな。そんなにかわいい顔してると、男からしょっちゅう声かけられるだろ?」
「え、声……は、かけられません、けど?」
「またまたそんな謙遜して。あだ名は『お姫様』なんだろ?そんなに見た目が良くて、おまけに仕事もできるって聞いたし、相当もてると思うんだけどな」
美散さんのお兄さん、井上彰人さんは、相模さんを交えての懇親会がお開きになった後、何故か経理部に案内されて。
「美散から竜也に恋人ができたって聞いて、会いたくて仕方がなかったんだよな」
宣伝部の女の子に案内されてブースに通された井上さん、というか、井上社長は、工場説明会の為にカタログの準備をしていた私の前に立つと。
開口一番そう言った。
社長とは思えない見た目は、まだ30代半ばあたり?
グレーのスーツに映える紫のネクタイがやけに若々しい。
「あの、井上……社長、ですか?」
勢いよく椅子に腰かけた彼に、遠慮がちにそう聞いてみる。
美散さんとよく似てはっきりとした、それでいて温かい目元が私をじっと見ていて居心地が悪い。
「社長、そうだな、社長に就任したばかりの井上彰人。悪かったな、自己紹介を先にするべきだったのに、竜也の恋人に興味がありありで。
今日も、えっと……奈々ちゃんだっけ?君に会いに来たようなもんだから」