いきなり王子様
「あのね、璃乃、学校の音楽発表会でもピアノ弾くんだ」
「そうなの?すごいね」
璃乃ちゃんにつられて、二人で腕を左右に揺らして笑っていると。
「璃乃、お姉ちゃんに余計な事をしたら、竜也に怒られるわよ。
竜也の大切な人なんだからねー」
からかうような声が部屋に響いた。
「おかあちゃんっ」
璃乃ちゃんがそう呼んだのは、竜也のお姉さんだった。
トレイを両手に抱えて部屋に入ってきた彼女は、璃乃ちゃんに苦笑しながら
「歯磨きのお姉さんって、奈々さんの事だったのね。
病院で璃乃を励ましてくれたお姉さんのこと、何度も聞かされて、私も会いたいって思ってたんだけど。
そのお姉さんが竜也の恋人だなんて、縁って、不思議ね」
「そ、そうですね」
竜也のお姉さん、それは私が以前縁があった璃乃ちゃんのお母さんだった。
璃乃ちゃんと病院で出会った数日、ちょうど璃乃ちゃんの弟が風邪をひいていたらしく、病院には璃乃ちゃんとお父さんが来ていた。
『おかあちゃんは、璃久と一緒におうちでお留守番してる』
明るくそう話していた璃乃ちゃんの言葉を思い出した。
あの日の私は、璃乃ちゃんの手術についてどう進めるかをお父さんとお医者さんが話していたと察して、あまり立ち入った話は聞かなかったけれど。
『璃久は、おかあちゃんが大好きだから、今日はにこにこしてた』
璃乃ちゃん自身もお母さんが側にいなくて寂しいはずなのに、そんな気持ちを全く感じさせないその口調に、どこか子供らしくない違和感を覚えた事を思い出す。