いきなり王子様
竜也は言葉通り、手慣れたようにコーヒーを淹れてくれた。
リビング同様広いキッチンには、見るからに高そうなテーブルや椅子が据えられていた。
「旦那がこだわって、有名な職人さんに注文したらしい」
大きな一枚板のテーブルには、食べかけのパンや開いたままの新聞。
きっと璃乃ちゃんのものだろうハンカチも何故か置かれていて、生活感が溢れている。
それが私の気持ちを和ませてくれて、ふっと口元も緩んだ。
まるで私の小さな頃の家の風景と同じ。
私が過ごした幸せな幼少期を思い出して、璃乃ちゃんの今も幸せだろうな、と思いを重ねた。
広いテーブルには6脚の椅子が並んでいて、コーヒーカップを手に、私は一番端の椅子に腰かけた。
竜也はおそらく向かいの椅子に座るだろうと思っていた私の予想に反して、彼は私の隣に腰かけた。
一瞬、え?っと表情を作ってしまった私に気づくと、怪訝そうな瞳で
「何?」
問う竜也に、『ううん、別に』とごまかしたけれど、私が今まで抱いていた甲野竜也というイメージと違う様子に戸惑いは隠せない。
たとえ恋人であっても、適度な距離と壁を好んで、自分のテリトリーには極力入り込まなせないようにするオトコだと、勝手に思っていたけれど、それは違っていたのかもしれない。
一旦大切だと思えば、とことんこだわって懐の中で慈しんでくれる。
既に私が得ていた直感は、正しいものだったと、改めて思う。
それでもやはり、そんな竜也の姿に慣れていない私は、となりのイスに座るだけでなく、お互いのイスを近づける竜也の流れを見ているだけで
「竜也、じゃないみたい」
思わず口にしていた。