金の十字に口付を
「夜風はお体に障りましょう。宴にお戻りになられては」

柔らかく低い響きが耳を擽る。幼子を諭すような優しさに、私の胸がきりりと痛んだ。

貴方は戦場で負った幾つもの傷痕を軍服で全て覆い隠し、美しいラインだけを私に見せて、優しくそっと突き放す。

二人きりで話せるのも、今日がきっと最後なのに。

「主役のいない祝賀会など興味はないの」

彼の胸元に光るのは、父が授けた十字の黄金章。敵を退け国を救った英雄の証。

皆が彼を讃えるが、その栄光の裏にどれほどの血が流れたろう。

「いい気なものだわ。貴方の痛みなど知りもしないで」

軍服の下に隠された傷痕は、私にはけして触れられない。
だから、せめて。

手を伸ばし、彼の背負った十字に触れた。
留金を外して掌の上にそっと降ろす。

ずしりと重い十字架は、この先も彼と共にあるのだろう。
私がこの国を離れても。
彼が朽ちても永遠に、英雄の名と歴史と共に。
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