もっと触れてよ
愛しい手
入社してまだ一年。漸く慣れて仕事。
でも、ほぼ毎日残業だ。
「お疲れ様です」
窓サッシに腰を下ろしている彼にそう声を掛ける。
開けられた窓からはフワッと心地いい風が舞い込む。
その風に揺られて彼が咥えていた煙草の煙が一緒に入り込んだ。
あたしの声に反応した彼は咥えていた煙草を口から離し、最後の一息を吐く。
「あぁ。終わった?」
「…はい」
「じゃあ帰ろっか」
彼は綺麗な指に挟んでいた煙草を灰皿に押しつぶし口角を上げた。
「すみません。いつも」
残業がある度に残ってくれる彼。
それがどうしてかは分からないけど、その優しさに惚れてしまったのはあたしだ。
「別に。俺もやる事あったし」
「そうですか…」
長身の彼。綺麗に着こなしたスーツ。整った顔。そして綺麗な手。
惚れてしまった限り、もう彼から目が離せない。
馬鹿だ、あたし。
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