分かんない。
圭祐は私を腕の中に閉じ込めたままで。
「とりあえず離した方がいい。
俺もそんな風に
彼女の全てが愛しかったけど
本気で嫌がってるのに
ずかずかといってたら…
フラレた」
一之瀬はその時の過去を
思い出すかのように言った。
その一之瀬の表情は
何処か遠くを見るような眼差しで。
一瞬、切ないようにも思えた。
「………」
それを聞いた圭祐の顔は、
余裕の色を跡形もなく消していた。
先程の余裕は、何処へ行ったのだろうか。
圭祐はようやく私を離してくれた。
「……程々に愛する事だな」
一之瀬は冷たい目で、
圭祐を見据えていた。
圭祐はほんの少し、
同様の気配を見せると
そろそろ時間だから先いくわ、
と言い、走っていってしまった。
今、この人気のない場所で、
私と一之瀬は2人きりとなった。
少しだけ沈黙が流れる。
「……ありがとう」
最初に沈黙を破ったのは私だ。
「神埼、本気で嫌がってたからな。
ははっ、それにも気づけないなんて
田所は本当に神埼の事が
好きなのか?」
一之瀬は半笑いでそう言った。
まるで独り言のように。
「……っ、何?」
一之瀬が急に、
私の方へ一歩、足を動かした。
じりじりと近付いてくる。
「ちょっと。一之瀬?」
一之瀬の口元は笑っていた。
だけど目はこれっぽっちも
笑ってなどいなかった。
それが怖くて私は、
ゆっくり後ろへ下がっていく。
一歩下がれば一歩前へ追い詰められる。
急にどうしたのだろうか?
「ね、ねぇ。一之瀬?」
一之瀬の口角がつり上がった。
けれどやっぱり目だけは真剣で。
背中に何かが当たった。
それはもう逃れられない事を
意味していた。
一之瀬はまだ近付いてくる。
ドンッ……。
気づけば一之瀬は
両手を壁に押し付けて、
私の逃げ場をなくしていた。
やがて、一之瀬の
口だけの笑みさえも消える。
一之瀬の今まで見た事もない
真剣な表情に、私は驚きを隠せず、
ただ目を見開いていた。