分かんない。



私は高校と大学を無事卒業し、
憧れの会社についた。

新入社員だから
色々分からない事もあったし、
初めは上司に頼まれた
書類運び等を引き受けていた。
そんなある日。

「あっ」

廊下の角で
誰かとぶつかりそうになった。

「す、すみませんっ!」

必死に頭を下げた。

「いや、大丈夫」

ん?
聞き覚えのある声がした。
顔を上げて声の主を見ると……

「神埼……務……」

「ん?」

私だけ勝手に舞い上がって
顔を熱くしている反面、
あの人……もとい神埼は
少し不思議そうな顔をした。
そうだ、この人だ。私の初恋の人。
だけど彼は気づいていない様子。
それもそうだ。
何年か経っているし、化粧もしている。
まず気づいてもらえる確率は
低いと言っても過言ではない。
そうだ。それならいっそ、
彼が気づくまで試してみようか。

「どうした?」

「いえ!なんでもありません!
大変失礼しました、神埼務様!」

私は颯爽とその場を去った。
多分彼をフルネームで呼んだから
不思議に思って
私の背中を見つめていた事だろう。

「…………」



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