分かんない。



田所が優しく、私の首を撫でる。
不覚にも気持ちが
揺れ動くかと思った。

「美佐……」

その声と表情は、痛々しく、
酷く悲しいものだった。
精神が全く狂っていなかった、
あの頃の田所のようにさえ見える。
下手をすれば目にたまった涙が
零れ落ちそうな…。そのくらい、
田所の瞳は潤んでいた。
本当に、心の底から私の事が
好きだったのだと痛感する。

「……やっぱり可愛いな」

だけど。
途端に首から痛みを感じてきた。
それがどんどん激痛に変わる。

「ひゃははははは!!
いいよ、いいよ美佐!
その苦しみに歪んだ顔も
何もかも大好きだ!
これで美佐は一生俺のものになる。
ははは、夢みたいだ!」

嘘だなんて分かっていた。
それなのに、僅かにも
安心してしまっていた自分を、
この上ないくらいに恨んだ。
どうしてこの男を
信じてしまったの。
こうなると分かってたのに。
意識がどんどん遠くなる。
視界が眩んでいく中、誰だか、
私の好きな声が必死に、
何度も何度も、私の名前を
叫んでいた気がした。




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