分かんない。
知らない、知らない。
少しして部屋に入ってきた女性は、
私の母親らしい。
父親はと聞くと、今は
仕事で来られないそうだ。
ここは病室らしい。
母親や友達と名乗る人たちが、
私の事を教えてくれた。
私は神埼美佐、
中学3年生で、一之瀬甚太
という人と付き合っていた。
田所圭祐という男が元彼で、
私の事をストーキングしていた。
私が気を失ったのは
中学2年生のバレンタインの前で、
それから今に至るまで、
ずっと気を失っていた。
今は夏だ。かなり長い間、
気を失っていたようだ。
川上という少年は涙を溢した。
それが目覚めからの嬉しさか、
記憶を失った悲しさか
私は知らない。
今は夜だ。
家族や友人、川上は家へと帰り
ここにいるのは私と
父だけになった。
父にしては若い気がする。
「やあ、美佐。
昼間は来れなくて悪かったな。
記憶を失ったそうじゃないか。
俺の事も分からないんだろ?」
私は静かに頷いた。
こんなにも優しそうで
格好いい父の事を、
本当に忘れてしまったのかと
自分を強く恨む。
「何か、欲しいものはあるか?」
私は首を横に振った。
日曜日の朝。まだ起き上がれずに
寝たきりで太陽の光を
窓から見つめていると、
また知らない少年が来た。
一之瀬甚太という少年だった。
「貴方が、私と付き合ってる人?」
私がそう問いかけると、
一之瀬さんは、ああ、と頷いた。
本当に私が何も、
覚えていない事を確認すると
一之瀬さんはため息をついた。
「本当だったのか」
「そうみたい、ごめん……」
ここ最近は同じ夢を見る。
気を失っていた間、
ずっと見ていた夢だ。
誰だろう……
一之瀬さんではなさそうだ。
それから一月たった8月。
私は中学3年生の2学期の
始業式に向けてリハビリを始めた。
最初は痛くてだるくて
いっそこのままでいいと
くじけてしまう事もあったけれど
みんなの応援もあり、
私は頑張ってリハビリを続けた。