白き薬師とエレーナの剣
 
 
 
 
「――という訳なんだが、許可を出してくれるか?」

 水月がキリルの部屋で報告を終えると、それまで無言で聞いていたキリルが小さく息をついた。
 すぐに「ふざけるな」という声が飛んでくるかと身構えていたが、返ってきた言葉は意外なものだった。

「分かった。夕の診察に遅れなければ問題ない」

「……は? マジで?」

 まったく想定していなかった答えに、思わず水月は目を見張る。裏返って出てしまった声が我ながら情けない。

「そんな危ない橋を渡るようなことを許すなんて、お前本当にキリルか? 万が一襲われたらどうすんだよ?」

「この状況で動けば、危ない橋を渡るのは敵のほうだ。王妃が住まう離宮は敷地が狭いからこそ目が行き届き、王城よりも警護は厳重だ。少しでも不穏な動きをすれば容易に足が付く……わざわざ勝算が低すぎる道を選ぶような輩なら、俺がさっさと始末している」

 話だけ聞けば自信過剰にしか思えないが、それを口にするだけの実力がキリルにはある。自慢ではなく、あくまで事実だけを語っていた。

 水月は腕を組んで壁に寄りかかると、目つきを悪くしてキリルを睨んだ。

「離宮は安全だとしても、そこへ行くまでの道は大丈夫なのか? いくらここからそう離れていないとはいえ、馬車で一刻はかかっちまう。その間に襲われでもしたら――」

「問題ない。俺が護衛につく」

 敵は動かないと言いながらキリル自身が動くあたり、最大限に警戒しているらしい。
 考えがあっての判断なら間違いないだろうと、水月は小さく安堵の息をついた。

「じゃあ明日にでも王子様に返事しておく……あ、オレも護衛につかせてもらうぜ。いいだろ?」

 今までならいずみの護衛を頼めば、何だかんだで認めてもらえていた。
 しかし、今日はここも言うことが違っていた。

「いや、今回は俺の代わりに別の任へついてもらう」

 さらに想定外なことが積み重なり、水月の思考が一瞬止まる。
 誰かの代わりならまだ分かるが、重要な任をこなす自分の代わりを、小僧呼ばわりしている人間に任せるのは理解し難い。

 水月が訪ねようとした時、コン、コン、とゆっくり扉を叩く音がした。
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