白き薬師とエレーナの剣
「キリル様、入ってもよろしいですか?」

 ……嫌なヤツが来やがった。
 声が聞こえた瞬間、水月の背に悪寒が走る。思わず顔を歪めて扉へ視線を送った。

「構わん、入れ」

 キリルが了承すると音もなく扉が開き、グインが部屋へ足を踏み入れた。

「失礼しますよ。今度の件でお話が……」

 扉を閉じながら、グインは水月を横目で見やる。込み入った話でもしたいのか、席を外せという気配がした。

 なるべくこの男には関わりたくなくて、水月は「じゃあオレはこれで」と踵を返そうとした。が、

「出て行く必要はない。お前にも関係のある話だ、黙ってここで聞いていろ」

 キリルに引き止められて、思わず水月は目を見張る。
 意外なのは自分だけではないらしく、グインの顔からいつもの微笑が消え、小首を傾げた。

「ナウムに関係があるとは、どういうことですか?」

「俺は別の任務につくことになった。だから俺の代わりを小僧にやってもらう」

 まだ返事してねぇだろうが……勝手に決めやがって。

 水月がこめかみを引きつらせていると、グインは小さく吹き出した。

「貴方の代わりを任せるなんて、余程ナウムのことを買っていらっしゃるんですね。でも、本当にいいんですか? 私と二人きりの任務に就かせるなんて、美味しいエサをちらつかせるようなことをして……」

 そう言って、グインが水月へ流し目を送る。
 彼の瞳がほの暗く妖しい光を帯びた瞬間、水月は総毛立ち、咄嗟に後ずさった。

「こ、こんなヤツと二人きりの任務なんて、オレは廃人確定じゃねーか! キリル、考え直せ。どう考えてもオレみたいな出来の悪い小僧よりも、他の優秀な部下に頼んだ方が間違いないだろ」

 いくらここへ来た時よりも強くなったとはいえ、まだまだ未熟なのは自覚している。グインのことを抜きにしても、自分ではキリルの代理は荷が重すぎる。

 十分キリルも分かっているはずなのに……と水月が困惑の目を向けていると、キリルは真っ直ぐな目でこちらを見据えた。

「いいや。グインとの任務に関して言えば、お前が一番の適任者だ」

「なっ……!? そ、そう思う根拠はなんだよ?」

「俺が動かすことができる者の中で、一番グインが成長を待ち望んでいる人間がお前だからだ」

 さらりとキリルに断言され、水月は目を丸くする。それからガクリと頭を垂れた。

(成長……そういえば、前にそんなこと言ってたな。だが、気まぐれなグインのことだから、明日にでも考えが変わるなんてことも……)

 わずかに顔を傾けてグインを見ると、彼は満面の笑みを浮かべていた。

「ふふ、キリル様のおっしゃられる通りですよ。熟れれば美味しい実だと分かっているのに、わざわざ熟す前に採るなんて馬鹿な話です。それに――」

 どこか楽しげに語っていたグインの声が、ぷつりと途絶える。
 刹那の静寂の後、グインは軽く瞼を閉じ、珍しく笑みを消した。

「――君は色々と特別なんですよ。キリル様にとっても、私にとっても」
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