白き薬師とエレーナの剣
    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 王妃の元へ向かうその日は、空全体を覆っている絹のような薄雲から蒼天が透け、淡い水色が広がっていた――この季節、大陸の北部に住む者にとってはこれが快晴だった。

 馬車の窓から見える空と、流れていく新緑の景色を交互に見ながら、いずみは口元を綻ばせる。

(晴れてくれて良かった……眺めているだけで、心が軽くなっていく気がするわ)

 ずっと城内に居続け、限られた場所しか出入りしていなかった分、山や草木ばかりの他愛のない景色が輝いて見える。

 次に外出できる日がいつになるか分からない。もしかすると二度と来ないかもしれない。
 これが外の見納めになっても後悔しないよう、目と心に今日という日を焼き付けたかった。

「エレーナ、嬉しそうだな」

 名前を呼ばれて、いずみは体と顔を正面に向き直す。
 向かい側に座っていたイヴァンが、眩しそうな目をしながら微笑を浮かべ、こちらを見つめていた。

「あ……は、はい。遊びに行く訳じゃないから、浮かれてはいけないと思っているのですが……嬉しくて仕方がありません」

 口を動かすごとに頬が熱くなってきて、いずみはわずかに俯く。

 てっきりイヴァンはルカと、自分はトトと乗り合わすものだとばかり思っていた。
 が、イヴァンに「たまにはルカ以外がいい」と指名され、こうして同乗することになってしまった。

 今まで温室で二人きりになることはあっても、ここまで狭い空間で共に過ごしたことはない。
 思ったよりも距離が近くて、恥ずかしさでまともにイヴァンの顔が見られなかった。

 いずみがモジモジしていると、イヴァンが小さく唸った。

「ワガママを言って済まなかったな。俺と一緒だと気が抜けずに疲れがひどくなるだろうから、迷惑をかけるとは思っていたが――」

 弾かれたようにいずみは頭を上げ、首を大きく横に振った。

「いえ、そんなことは! 私がイヴァン様とご一緒できるなんて夢みたいで、すごく、すごく嬉しいです」

 いずみがにこりと微笑んで見つめ返すと、イヴァンは「それならよかった」と息をつき、ゆっくりと背もたれに寄りかかった。

「せっかくの機会だ、いくつかエレーナに聞きたいことがある……ただ俺の好奇心で知りたいだけだ、言いたくないことは言わなくても構わんからな」

 一体なにを聞きたいのだろうと、いずみは心の中で首を傾げながらコクリと頷く。
 それを見てイヴァンは頷き返すと、少し身を前に乗り出した。
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