白き薬師とエレーナの剣
『いずみ……お前はオレの命の救ってくれた。そんな恩人を見捨てて、オレだけ逃げる訳にはいかねぇ』

『水月が逃げたとしても、私は殺されないわ。だから――』

 次の言葉を書こうとした時、字を綴っていたいずみの指を、水月がギュッと握った。
 恐れることに疲れ果てているのだろう、彼の顔がやつれている。
 しかし、その黒い瞳には光が戻り、揺るがない意思が宿っていた。

 水月はいずみの手を開かせると、己の覚悟を伝えるように、力強く、ゆっくりと字を描いた。

『オレが逃げたら、お前は死ぬつもりなんだろ? それだけは絶対に嫌だ。逃げるくらいなら、いずみと一緒に死んだ方がいい』

 思わず目を見開いてから、いずみはわずかに視線を逸らす。
 フッと水月の口から、小さな笑いがこぼれた。

『いずみが死ねと言ったら、オレは喜んで死んでやる。でも、今はまだ言わないでくれ。……オレもいずみも死なずに、ここから逃げ出す方法を考えたいんだ。それに、もしかしたらまだ生き残りがいて、助けに来てくれるかもしれないからな』

 いずみは瞼のまたたきを増やしながら水月を見た。
 今にも風で吹き飛ばされそうな、小さな砂粒ほどの希望。けれど可能性がない訳ではない。

 コクリと頷いてから、いずみは水月の手へ指の腹を滑らせた。

『彼らに見つからないよう、みなもを隠して里へ戻って来たの。だから、きっとあの子は生き延びているわ』

 一瞬、水月の目が点になる。が、すぐに口元を綻ばせながら瞳を潤ませた。

『あのちっこいヤツは無事なのか! 良かった。本当に良かった』

 いずみもつられて微笑を浮かべる。しかし、すぐに表情を曇らせた。

『ええ……でも、これからあの子は一人で生きていかなくちゃいけない。それを思うと――』

『苦しかろうが辛かろうが、生きていればどうにかなる。しかもアイツは『守り葉』だろ? しっかり自分の身を守れるハズだ』

 確かに水月の言う通りだと分かっていても、いずみの胸から不安は拭い切れない。
 生きていくにはお金が必要だ。身を守ることはできても、生きるための金銭を手に入れることは容易ではないし、人買いに騙されて売られてしまうかもしれない。

 未だ冴えない顔のいずみの肩を、水月が軽く叩いた。

『もう少しみなものことを信じてやれよ。アイツは頭も良いし度胸もあるから、必ず生き残っていける。むしろ、いずみよりもしっかりしていると思うぜ』
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