白き薬師とエレーナの剣
「信じる、という不確かな憶測は意味がありません。私にとっては、目の前で起こる結果がすべてです」

 キリルは少し体の向きを変え、もう一度水月を横目で見た。

「ここへ来るまでの間、この者の言動を見てきましたが……徹底して彼女のことを考え、彼女のために動いていました。監視は必要ですが、様子を見る価値はあると思います」

 水月を擁護する言葉に驚き、いずみはキリルを凝視する。
 事あるごとに反抗的な態度を取る水月を、少なからず面白く思っていないはず。それなのに――。

 ジェラルドから「ほう」と意外そうな声が聞こえてきた。

「お前がそんなことを言うとは珍しい。キリルが気に留めるほど、この小僧には使い道があるということか」

 キリルは何も言わず頭を下げる。彼の無言がジェラルドの言葉を認めていた。
 しばらく品定めするように水月を見つめてから、ジェラルドは小さく鼻で笑った。

「良いだろう小僧、お前の手伝いを許してやる。一度でも逃げるような素振りを見せれば、次はないと思え」

 力ない声なのに、砥ぎたての刃のような鋭い響きがする。
 水月はごくりと大きく喉を鳴らしてから、「ありがとうございます」とひれ伏した。

 どうにか水月も無事だといずみは安堵する。反面、彼を自由にすることができない己の無力さを痛感する。
 なのに、心から気を許せる味方がいてくれるという喜びが混じる。
 そんな自分の身勝手な考えが嫌で、心の中で何度も水月に謝っていた。

 大きな長息を吐き出してから、ジェラルドは左の肘かけに寄りかかり、頬杖をついた。

「……余は少し疲れた。キリルよ、後のことはお前に任せるぞ」

「御意。必ず陛下が不老不死になられるよう、全力を尽くします」

 ゆっくりと力強くキリルは頷くと、立ち上がり、いずみたちにその場を立つよう目配せする。

 促されるままに一行が立ち上がると、キリルはジェラルドへ深く一礼して踵を返し、再び先頭へ行こうと歩き出す。

 彼の動きを真似ていずみも頭を下げ、ジェラルドに背を向ける。
 気が抜けて泣きそうになり、慌てて呼吸を止めてグッとこらえた。

 これで終わりではない。
 いつ嘘に気づくかと常に不安を覚えながら、一族の仇を癒していく日々が始まる。

 どれだけ胸に悲しみを抱えていても、狂王のために一族の力を捧げなければいけない日々が――。
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