白き薬師とエレーナの剣
    ◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 ジェラルドの部屋を出た後、一行は再び絵画の隠し扉をくぐり、暗い通路を歩いていく。
 明るい場所と変わらない足取りで歩くキリルに、いずみはついて行くのが精一杯だった。

 ルウア石の光を頼りにどうにか転ばないよう歩き続けていくと、ようやく目の前に蝋燭のささやかな明かりが灯る場所へと出る。

 たどり着いたのは、左右に古びた扉が並ぶ通路だった。
 滞って重たくなった空気の中に、外に負けない冷たさが混じっている。おそらく地下室なのだろうと察することができた。

 キリルは通路をさらに進み、行き止まりの所にある扉の前で足を止める。
 取っ手を掴んで押し開けると、扉はギッと大きく軋んでから、ゆっくりと開かれた。

 苦い中に濃厚な甘みを含んだ独特の匂いが、いずみの鼻へ入ってくる。
 ひどく馴染みのある匂いに、胸がキツく締め付けられた。

 現れたのは、さほど大きな広さではないのに、所狭しと大量の荷袋や箱が置かれた部屋。
 それらが里から持ってきた物だと気づくのに時間はいらなかった。

 キリルが部屋へ入って中を一望すると、いずみに顎をしゃくって入るよう促す。
 重くなった足を無理に動かし、いずみは遅々とした歩みで中へ進み出た。

「お前たちには数日ほど、ここで待機してもらう。持って来た道具や材料はすべて運んだ……ここを出るまでに、不老不死の薬を作るための準備を終わらせておけ」

 逆らうことを許さぬキリルの声を聞きながら、いずみは部屋を見渡す。
 荷物以外には、隅に置かれた簡素なベッドと机以外に調度品は見当たらない。
 牢獄と言っても過言ではないような、あまりに寂しい部屋。水月と一緒にしてもらえることだけが、唯一の救いだった。

 たった数日でも、ここへ閉じ込められるのは気が重い。
 けれど反発する勇気も元気もなく、いずみは「はい」と小さく頷いた。

 水月も嫌悪で眉間に皺を寄せながらも、「分かったよ」と肩をすくめた。

「できるだけ早く出してくれよ。オレならまだしも、か弱い女の子に耐え切れるような部屋じゃねぇんだからな」

 いつもの調子を戻した水月に、キリルは不思議そうに目を瞬かせ、ポツリと漏らした。

「そうか、耐えられぬか……分かった。可能な限り迅速に準備を進めよう」
< 28 / 109 >

この作品をシェア

pagetop