白き薬師とエレーナの剣
 キリルの声にいつも抑揚はないが、今は皮肉ではなく、言われて初めて気づいたような響きがする。
 薄々感じてはいたが、ジェラルドだけでなく彼も常識が欠落しているようだった。
 
 いずみが困惑の眼差しをキリルに送っていると、呆れ果てたような大きなため息が水月から聞こえてきた。

「アンタたち、いずみに死なれたら困るんだろ? もっと大切に扱えよ。せめてもう少し毛布を運んでもらわねぇと、北方出身じゃないオレたちは凍え死ぬぞ」

 返事はしなかったが、キリルは後方の男たちへ目配せする。と、一斉に彼らは踵を返し、早歩きでその場を離れて行った。

 男たちの足音が消えた頃、キリルが「娘、ひとつ聞きたい」と尋ねてきた。

「お前たちは姿を変えると言っていたが、どう変える気だ? 名はいくらでもつけられるが、下手な変装をしてボロが出て、正体に気づかれては困る」

 キリルの言いたいことは分かる。
 普通に髪を染め、化粧で肌の色を変えたとしても、髪が伸びて生え際が元の色を覗かせたり、水などで化粧が落ちた時に元の肌の色を見せてしまえば、嘘に気づかれてしまう。

 常に己の全身に細心の注意を払い続けるのは至難の技だ。しかし――。

 いずみはキリルの顔を真っ直ぐに見据える。

「特殊な薬を飲めば、全身の色素を薄めて元の色を完全に消すことができます。体を根本的に変えてしまう方法なので三日ほど必要ですが、色素を濃くする薬を飲まない限り、元の色に戻ることはありません」

 表情を変えずにキリルはこちらを見つめ返し、おもむろに腕を組む。

「なるほど……不老不死を施す力があるなら、己の体の色を変えることなど造作もないことか。ならば可能な限り、それを早くやってもらうぞ」

 嘘を嘘と思わせないために、いずみは「はい」と断言してみせる。内心不安で鼓動が早まり、耳元でうるさく騒いでいた。

 さして訝しむ様子もなく、キリルは体を扉の方に向けた。

「しばらくしてから食事を運ばせる。それまで薬を調合していろ」

 そう言い残し、キリルは部屋を出て扉を閉める。
 バタンと完全に閉じたのを見計らい、水月が小さく舌打ちした。
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