白き薬師とエレーナの剣
「まったく、少しは休ませろよな。ずっと移動し続けて疲れているっていうのに――」

 水月はいずみの顔を見た途端、目を細めなが小首を傾げた。

「――大丈夫かいずみ? そんな辛そうな顔して……まあ、こんな所じゃあ気分が悪くなっても仕方ねぇってもんだよな」

 言われて初めて、いずみは自分が表情を曇らせていたことに気づく。
 ふう、と小さく息をついてから、首を横に振った。

「……ううん、そうじゃないの。これから水月にも薬を飲んでもらうのが、申し訳なくて……」

 体そのものを変えてしまうのだ、決して楽なことではない。
 試したことは一度もない。口伝のみで聞いた話の通りだと、飲めば副作用で全身が痛み、しばらく高熱が続いてしまう薬だった。

 このことは既に水月へ伝えてある。彼もそれを分かった上で、薬を飲むことを選んでくれた。
 けれど、それでも水月に苦しい思いをさせてしまうことが嫌で仕方がない。

 水月は苦笑を浮かべると、いずみの頭をガシガシと雑に撫でた。

「お前だけが苦しんでいるのを見ている方が、オレには耐えられねぇ。どうせ苦しむなら、いずみと一緒に苦しんだ方が良い」

 殺されかけたあの時と別人だと思ってしまうような、穏やかで落ち着いた声。
 はっきり口にしなくても、逃げない覚悟が伝わってくる気がした。

 いずみは水月の目を覗き込み、ぎこちなく微笑んだ。

「ごめんなさい、水月に頼りっきりで。……貴方が少しでも楽になれるように、私の出来る限りのことをするから」

 無言で水月が頷いてから、しばらく互いに見つめ続ける。

 この地で本音を見せることができる、唯一の相手。
 彼を生かすために、生きようと決めた。
 彼が命を落とす時が、自分の命が終わる時だ。

 見えない糸が何本も二人の間に渡され、魂が繋がっていくような錯覚を覚えてしまう。
 命を共有していくことが、怖くもあり、心強くもあった。

 気が済むまで感謝と謝罪を言いたかったが、あまり言い過ぎても水月の重荷になってしまう。
 もう一度、口端を上げて微笑んでから、いずみは近くの荷物に視線を移した。

「まずは薬を作る道具を見つけなくちゃ。どこにあるのかしら?」

 いずみが部屋の中をじっくり見渡していると、水月が「あっ」と声を上げ、部屋の奥を指差した。
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