白き薬師とエレーナの剣
 危機が去ったと安堵した途端、水月の体から力が抜ける。
 思わずその場へ座り込み、細長いため息を吐き出した。

 ……助かった。
 できればこの男に助けられたくはなかったが。

 水月が額に滲んだ冷や汗を拭っていると、キリルの影が被さってきた。

「随分と衰弱しているな。薬の副作用か?」

 答えるのは癪だったが、強がっても意味はない。
 小さく頭を振ってから、水月は顔を上げてキリルを見た。

「……ああ。二、三日は寝込んじまう代物だ。いずみの体力だと、回復するのにもっとかかるかもしれない」

「そうか……早く陛下のお望みを叶えたいが、仕方ない」

 軽く瞼を閉じてキリルは息をつくと、水月の前に手を差し伸べた。

「一人で立てないなら掴まれ」

 水月は奥歯を噛み締め、キリルの手を睨みつける。

 この手だけは絶対に掴みたくない。
 こんな血に塗れ、人の命をためらいもなく斬り捨てる手なんて――。

「見くびるんじゃねーよ。アンタの力を借りなくても、自分のことは自分でできる」

 キリルの手を払うと、水月は片足を立て、その膝に両手を乗せて力を込める。
 全身が激しく震えたが、どうにか立ち上がることができた。

 払われた手を静かに下ろし、キリルは表情を変えずに水月を見つめる。
 何も言わなくとも、「強がるな、小僧」と目が語っている。
 明らかに自分よりも格下だと思われていることが、無性に悔しかった。

「案外アンタ、過保護なんだな。さっきのヤツだって、一晩寝てやれば済んだ話だろ? 殺されないと分かっているなら、それぐらいどうってことはねぇよ」

 頭では情けない強がりを言っていると分かっているが、勝手に口が動いてしまう。
 語るほどに自分が惨めに思えてならなかった。

 そんな水月から目を逸らさず、キリルが静かに首を横に振った。

「グインは気に入った相手を、殺さずに切り刻み続けることを好んでいる。普通の人間なら一晩で発狂している。衰弱している人間に耐えられるものではない」

 人を人と思わず殺してきた男に、ここまで言わせるようなヤツなのか。
 全身から血の気が消え失せ、水月の震えがさらに細かく刻まれる。
 けれど、それでもキリルに感謝を伝える気にはなれなかった。
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