白き薬師とエレーナの剣
「まだまだ楽しんで頂きたかったのですが……まことに残念です。どうかお気をつけて戻られて下さい」
大げさにペルトーシャは目を見開いてから、心から残念そうに眉尻を下げる。
少し遅れてアイーダも同じような表情を浮かべ、胸元で手を組みながらイヴァンを見上げた。
「またお会いできる日を楽しみにしています。今度は二人きりで、もっとゆっくりお話したいですわ」
「分かった、できる限り早く機会を作ろう。また会える日を楽しみにしている」
あくまで社交辞令。むしろ関わり合いをできるだけ避けたいのが本音だった。
己の心を偽り続けているせいで、どんどん胸がムカついてくる。
顔に本心が現れる前に離れなければと、イヴァンは軽く会釈して踵を返し、ルカを従えて颯爽と歩いていく。
屋敷の外へ出て馬車へ乗り込んだ瞬間、溜め込んだ苛立ちが開放され、眉間に深い皺ができていた。
「呼びに来てくれて助かったぞ、ルカ。あのまま居たら、ペルトーシャをぶん殴っていたかもな」
向かい側に座ったルカは、やや呆れた顔をして小さく息をつく。
「あれくらいでケンカを売らないで下さいよ。なるべく宰相様とは表向きだけでも仲良くして頂かないと……国外どころか国内にまで敵を増やす訳にはいかないのですから」
父王が政を宰相に一任してからというもの、宰相一族の懐にたまるよう予算を組んできた。
おかげで軍備に回される金は少なく、それを見越した他国があれこれ難癖をつけてバルディグに攻め込んできている。
少しでも侵攻を食い止めようと応戦しているが、少しずつ領土は奪われているのが現状だった。
この状況が治まるまではペルトーシャたちを敵に回す訳にはいかない。
頭では分かっているが、やるせない思いがイヴァンの胸に広がっていた。
「……今日は戦場で指揮を取るよりも疲れたぞ。しかもペルトーシャのヤツ、俺に自分の娘をあてがう気でいるだろうから、宴の招待を受ける頻度も増えそうだな」
「きっとそうなるでしょうね。このまま王子が正妻を選ばなければ、このまま宰相様に押し切られてしまいますよ」
ルカの言う通り、こちらが何も手を打たなければそうなるだろう。
できれば宰相一族の人間を妻にするのは避けたいが、今まで妻にしたいと思える女性に会ったことがない。
いっそ独身を貫いて、後継者に養子を貰おうかと思っているほどだった。
こめかみに微痛が疼き、イヴァンは片手で頭を押さえた。
「大体俺の前に現れるヤツは、どいつもこいつも俺を利用して甘い汁をすすり、国が面する困難には関わりたくない女ばかりなんだ。妥協して選ぶ気にすらなれん」
間髪入れずにルカは何度も頷いて共感すると、「しかし」と言葉を返した。
「お気持ちは分かりますが、もう王子も二十二。そろそろ本腰を入れて動いて頂かないと、あらぬ誤解を生みますよ。ただでさえ『イヴァン様は男色家じゃないか』って噂が流れているのですから」
……冗談でも聞きたくなかったぞ、そんな噂は。
ルカを恨めしそうに見ながら、イヴァンは疲労が濃くなった体を背もたれに預けた。
大げさにペルトーシャは目を見開いてから、心から残念そうに眉尻を下げる。
少し遅れてアイーダも同じような表情を浮かべ、胸元で手を組みながらイヴァンを見上げた。
「またお会いできる日を楽しみにしています。今度は二人きりで、もっとゆっくりお話したいですわ」
「分かった、できる限り早く機会を作ろう。また会える日を楽しみにしている」
あくまで社交辞令。むしろ関わり合いをできるだけ避けたいのが本音だった。
己の心を偽り続けているせいで、どんどん胸がムカついてくる。
顔に本心が現れる前に離れなければと、イヴァンは軽く会釈して踵を返し、ルカを従えて颯爽と歩いていく。
屋敷の外へ出て馬車へ乗り込んだ瞬間、溜め込んだ苛立ちが開放され、眉間に深い皺ができていた。
「呼びに来てくれて助かったぞ、ルカ。あのまま居たら、ペルトーシャをぶん殴っていたかもな」
向かい側に座ったルカは、やや呆れた顔をして小さく息をつく。
「あれくらいでケンカを売らないで下さいよ。なるべく宰相様とは表向きだけでも仲良くして頂かないと……国外どころか国内にまで敵を増やす訳にはいかないのですから」
父王が政を宰相に一任してからというもの、宰相一族の懐にたまるよう予算を組んできた。
おかげで軍備に回される金は少なく、それを見越した他国があれこれ難癖をつけてバルディグに攻め込んできている。
少しでも侵攻を食い止めようと応戦しているが、少しずつ領土は奪われているのが現状だった。
この状況が治まるまではペルトーシャたちを敵に回す訳にはいかない。
頭では分かっているが、やるせない思いがイヴァンの胸に広がっていた。
「……今日は戦場で指揮を取るよりも疲れたぞ。しかもペルトーシャのヤツ、俺に自分の娘をあてがう気でいるだろうから、宴の招待を受ける頻度も増えそうだな」
「きっとそうなるでしょうね。このまま王子が正妻を選ばなければ、このまま宰相様に押し切られてしまいますよ」
ルカの言う通り、こちらが何も手を打たなければそうなるだろう。
できれば宰相一族の人間を妻にするのは避けたいが、今まで妻にしたいと思える女性に会ったことがない。
いっそ独身を貫いて、後継者に養子を貰おうかと思っているほどだった。
こめかみに微痛が疼き、イヴァンは片手で頭を押さえた。
「大体俺の前に現れるヤツは、どいつもこいつも俺を利用して甘い汁をすすり、国が面する困難には関わりたくない女ばかりなんだ。妥協して選ぶ気にすらなれん」
間髪入れずにルカは何度も頷いて共感すると、「しかし」と言葉を返した。
「お気持ちは分かりますが、もう王子も二十二。そろそろ本腰を入れて動いて頂かないと、あらぬ誤解を生みますよ。ただでさえ『イヴァン様は男色家じゃないか』って噂が流れているのですから」
……冗談でも聞きたくなかったぞ、そんな噂は。
ルカを恨めしそうに見ながら、イヴァンは疲労が濃くなった体を背もたれに預けた。