白き薬師とエレーナの剣
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
冬の気配は、急激に濃くなっていった。
北から吹いてくる寒風は、雪雲を連れ立ち、わずかに残っていた木々の葉を地に落とす。
そして、木々の足元に広がる葉の屍を、羽毛のように軽やかな雪が埋葬していく。
外へ出れば真っ先に視界へ飛び込んでくるのは、鉛色の分厚い雲。
ただでさえ重く暗い消し炭色の城が、より陰鬱な様相を強めていた。
ぎゅっ、ぎゅっ。
音もなく静かに舞い降りていく雪の下、水月は荷袋を背負い、城の敷地内を東に向かって歩いていた。
耳まですっぽりと被った毛皮の帽子のせいで、自分の足音と息遣いがやけにこもって耳へ響いてくる。
手袋をしていても指がかじかんでしまい、水月は何度も温かい息を吹きかける。
だが、わずかに温もりが届いたと思ったら、すぐに指先へ鋭い冷たさが戻ってきた。
(まだ冬に入ったばかりでこの寒さかよ。まったく気が滅入ってくるぜ……さっさと用事を済ませねぇとな)
本城を過ぎて角を曲がると、すぐ隣りに大きな建物が見えてくる。
入り口では数人の兵士たちがシャベルを持ち、雪かきしている最中だった。
一人がこちらに気づくとシャベルを置いて駆け寄ってきた。
「待ってたぞナウム! さ、早く出してくれよ」
瞳を輝かせながら嬉々として話しかけてくる兵士に、水月は悪戯めいた笑みを浮かべた。
「こんな所で出したら雪で濡れちまうだろトール。兵舎の中でちゃんと渡すから、そんなにがっつくなよ」
水月の答えを聞いてトールが腕組みをして満足気に頷くと、乱暴に肩を抱いてきた。
「じゃあ早く中へ入ろうぜ。他のヤツらも楽しみに待ってるぞ」
言い終わらぬ内に、トールは強引に水月を兵舎まで運んでいく。
他の兵士たちも各々にシャベルを置くと、浮き足立って兵舎の中へと入っていった。
中へ入ると、熱気とともに何とも言えない酸っぱい臭いが鼻につき、水月は頬を引きつらせる。
男ばかりが集まった時の、独特の臭い。兵舎だから当然だと割り切っていても、臭いは慣れるものではなかった。
兵士たちが寝起きしている大部屋へ行くと、あっという間に人だかりができる。
苦笑しながら「落ち着け、落ち着け」と水月は兵士たちを宥めると、ドスンと荷袋を床に置く。
そして、もったいぶるようにゆっくりと袋を開けて手を突っ込み、中を探って目的の物を取り出す。
丁寧に中から出したのは、黒茶色の大きな瓶だった。
軽く振ってみせると、たぷんと海の波が大きくうねるような音がした。
「さあ、これがトラン村の山葡萄酒だ。なかなか出回らねぇ代物だ、オレに感謝しながらじっくり味わって飲んでくれよ」
誇らしげに水月は胸を張りながら酒瓶を前に差し出すと、あちこちから野太い歓声が上がった。
一番近くにいた兵士に手渡すと、彼はしっかりと瓶を握って満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうな、ナウム! この恩は絶対に忘れないぞ。……いやあ、よく手に入れられたな。大変だったんじゃないか?」
「まあな。出処は言えねぇが、かなり手間取ったぜ。何日も通い続けた甲斐があったってもんだ」
水月は笑い返しながら、酒を手に入れるまでの日々を思い出す。
酒の在り処はすぐに分かったが、入手困難な酒ということで、金を出しても持ち主が譲ってくれず交渉に時間がかかった。
どれだけ話しても、首を縦に振ってもらえなかった。
なので、仕事の合間に情報を集めて相手の弱みを握り、半ば脅すような形でようやく譲ってもらった酒だった。
冬の気配は、急激に濃くなっていった。
北から吹いてくる寒風は、雪雲を連れ立ち、わずかに残っていた木々の葉を地に落とす。
そして、木々の足元に広がる葉の屍を、羽毛のように軽やかな雪が埋葬していく。
外へ出れば真っ先に視界へ飛び込んでくるのは、鉛色の分厚い雲。
ただでさえ重く暗い消し炭色の城が、より陰鬱な様相を強めていた。
ぎゅっ、ぎゅっ。
音もなく静かに舞い降りていく雪の下、水月は荷袋を背負い、城の敷地内を東に向かって歩いていた。
耳まですっぽりと被った毛皮の帽子のせいで、自分の足音と息遣いがやけにこもって耳へ響いてくる。
手袋をしていても指がかじかんでしまい、水月は何度も温かい息を吹きかける。
だが、わずかに温もりが届いたと思ったら、すぐに指先へ鋭い冷たさが戻ってきた。
(まだ冬に入ったばかりでこの寒さかよ。まったく気が滅入ってくるぜ……さっさと用事を済ませねぇとな)
本城を過ぎて角を曲がると、すぐ隣りに大きな建物が見えてくる。
入り口では数人の兵士たちがシャベルを持ち、雪かきしている最中だった。
一人がこちらに気づくとシャベルを置いて駆け寄ってきた。
「待ってたぞナウム! さ、早く出してくれよ」
瞳を輝かせながら嬉々として話しかけてくる兵士に、水月は悪戯めいた笑みを浮かべた。
「こんな所で出したら雪で濡れちまうだろトール。兵舎の中でちゃんと渡すから、そんなにがっつくなよ」
水月の答えを聞いてトールが腕組みをして満足気に頷くと、乱暴に肩を抱いてきた。
「じゃあ早く中へ入ろうぜ。他のヤツらも楽しみに待ってるぞ」
言い終わらぬ内に、トールは強引に水月を兵舎まで運んでいく。
他の兵士たちも各々にシャベルを置くと、浮き足立って兵舎の中へと入っていった。
中へ入ると、熱気とともに何とも言えない酸っぱい臭いが鼻につき、水月は頬を引きつらせる。
男ばかりが集まった時の、独特の臭い。兵舎だから当然だと割り切っていても、臭いは慣れるものではなかった。
兵士たちが寝起きしている大部屋へ行くと、あっという間に人だかりができる。
苦笑しながら「落ち着け、落ち着け」と水月は兵士たちを宥めると、ドスンと荷袋を床に置く。
そして、もったいぶるようにゆっくりと袋を開けて手を突っ込み、中を探って目的の物を取り出す。
丁寧に中から出したのは、黒茶色の大きな瓶だった。
軽く振ってみせると、たぷんと海の波が大きくうねるような音がした。
「さあ、これがトラン村の山葡萄酒だ。なかなか出回らねぇ代物だ、オレに感謝しながらじっくり味わって飲んでくれよ」
誇らしげに水月は胸を張りながら酒瓶を前に差し出すと、あちこちから野太い歓声が上がった。
一番近くにいた兵士に手渡すと、彼はしっかりと瓶を握って満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうな、ナウム! この恩は絶対に忘れないぞ。……いやあ、よく手に入れられたな。大変だったんじゃないか?」
「まあな。出処は言えねぇが、かなり手間取ったぜ。何日も通い続けた甲斐があったってもんだ」
水月は笑い返しながら、酒を手に入れるまでの日々を思い出す。
酒の在り処はすぐに分かったが、入手困難な酒ということで、金を出しても持ち主が譲ってくれず交渉に時間がかかった。
どれだけ話しても、首を縦に振ってもらえなかった。
なので、仕事の合間に情報を集めて相手の弱みを握り、半ば脅すような形でようやく譲ってもらった酒だった。