白き薬師とエレーナの剣
 他の兵士たちから次々と感謝され、水月は手を振って応えていく。
 一区切りついてところで、声を大きくして周囲に言い渡した。

「また何か必要な物があれば言ってくれよ。酒でも服でも女の心でも、何でも持ってくるぜ」

 周りから笑いが起こって一気に賑やかになった後、各々に雑談をしながら部屋の奥へと移動を始める。

 そんな中、一人の小柄な兵士が立ち止まったまま俯き、嗚咽を漏らしていた。

 仲間に慰められている様子を眺めていると、水月の隣にトールが並び、ポツリと呟いた。

「アイツはトラン村の出身だ。近い内に戦地へ向かうから、死ぬ前に故郷の酒を飲んでおきたかったんだと」

 心の中で同情しつつ、水月は声を小さくして尋ねる。

「戦争か……もう始まっているのか?」

 トールはさらに水月と距離を縮め、同じくらいに声を落とす。

「本格的に始まっていないが、既に小競り合いが起きているらしいぜ。……ここ十年、いつも何処かの国と戦っているから、いい加減うんざりしてんだけどな。昔はもっと穏やかな国だったのに……」

 重くなったトールの声に、水月は目を細める。

 いつ死地へ向かうかと怯える日々は、心の底から気の毒に思う。
 しかし感情を押し殺し、努めて冷静に頭を働かせて情報を拾っていく。

 こうして兵舎に出入りしているのは、彼らと打ち解け、必要な情報を集めるためだった。
 城の台所へ出入りして使いっ走りを請け負うことも、街へ買い出しに行く口実を作ることも、全ては情報のため。

 いずみにジェラルドの過去を調べて欲しいと頼まれたのは、一ヶ月ほど前。
 寝る間を惜しんで動き回ったおかげで、かなり情報は揃っていた。

 水月は大きく頷いて、共感したフリをする。

「ほとんど相手からケンカふっかけられているんだろ? 甘く見られているよな、オレらの国は」

「そう。そうなんだよ。昔は周りがこぞって貢物をくれてバルディグの顔色を伺ってたんだぜ? 今じゃあ考えられないよな。俺がガキだった頃なんて――」

 小声ながらに熱く語り始めたトールを、水月はジッと見つめ、相槌を打ち、聞き役に徹する。

 王侯貴族はともかく、大半の市民は昔に戻りたいという願望を胸に秘めている。
 だからなのか、バルディグの人間は昔の話になると饒舌になっていく。それが情報集めにはありがたかった。
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