白き薬師とエレーナの剣
朝食を済ませてから、いずみと水月は温室へと向かう。
即効性のある薬を飲んだおかげで、熱は下がり、倦怠感に満ちていた体に少し力が戻っている。どうにか朝の日課を終えるまで体は耐えられそうだった。
普段よりも遅い歩みで大庭園の中を進み、途中倒れそうになりながらも温室へ辿り着く。
中へ入ると、いつもなら温かさでホッと息をつくところだが、今日は胸がやけにつっかえて息苦しさを感じた。
「水やりするんだろ? 汲んできてやるよ」
水月は温室へ入るなりに小走りで貯水池へ向かい、脇に置いてあったじょうろを手にする。
少し遅れていずみは追いつくと、薬草と奥の植物たちを見渡して様子を見る。
特に異常がないことを確かめてから、いずみは口を開いた。
「ナウム、奥のほうから順に水をあげてもらっても良い? 私は雑草を抜いていくから」
「了解……って、面倒見ているのは薬草だけじゃないのかよ。わざわざ仕事を増やさなくても良いのに――」
そんなことをブツブツと言いながらも、水月は言われた通りに水をやり始める。
いずみは小さく笑い、おもむろにしゃがんで雑草に手を伸ばす。
「私よりもナウムのほうが、あれこれやり過ぎていると思うんだけど」
「オレは目的があるからやってるんだ。エレーナみたいにお人好しでやっている訳じゃないぜ」
薬草同士をそっと掻き分けて雑草を取りながら、いずみは首を傾げる。
「ナウムの目的ってなあに?」
「まあ色々だ。取り敢えず、ここで上手く生活していくための土台を作ってるってところだな」
詳しく聞いてみたいところだが、水月が話を濁している時は何を聞いても教えてくれない。
好奇心に胸の中をくすぐられつつ、いずみは薬草の手入れに集中しようとした。
不意にキィィィ、と温室の扉が開く音がする。
もしかしてと思い、いずみが顔を上げて扉を見ると、そこにイヴァンとルカが立っていた。
めまいを起こさないようにゆっくりと立ち上がり、姿勢を正して向き合う。
「イヴァン様、ルカ様、おはようございま……」
普段通りに挨拶を交わそうとして、いずみは言葉を止める。
今までに見たことのないイヴァンの冷ややかで鋭い眼光が、真っ直ぐにこちらへ向けられている。背後に控えるルカも、同様の目をしている。
一気に重々しい空気が温室を満たし、いずみの肩に乗りかかってきた。
緊張と不安で体が硬直していく。
近づくことも、後ろへ下がることもできず、イヴァンの視線を受け止め続ける。
スッといずみを庇うように水月が前に立ち、突き刺さる視線を遮ってくれた。
「おはようございます。どうされたんですか? お二人ともそんな怖い顔をされて……あまりエレーナを怯えさせないで下さいよ」
その場の空気を軽くしようとしているのか、水月は明るい声でイヴァンに話しかける。
しかしイヴァンとルカは表情を崩さず、無言でいずみたちの元へ近づいてきた。