白き薬師とエレーナの剣
 しばらく沈黙した後、イヴァンが言葉を続けた。

「エレーナ、お前がその『久遠の花』なのだろ?」 

 突きつけられた正解にいち早く反応し、水月が「え?」と驚きの声を出した。

「ちょ、ちょっと待って下さい! エレーナは祖父の手伝いをしていますが、薬の調合なんて傷薬ぐらいしかできませんよ。あり得ない……どうしてイヴァン様はそう思われたのですか?」

「昨日襲われた時に、あの狂王がエレーナを庇ったと部下から報告を受けたんだ。いつも薬を煎じているトトではなく、何故トトを手伝うだけのエレーナを庇う必要がある? 万が一エレーナを殺されて、不老不死の術を失いたくなかったからではないのか」

 イヴァンの語尾が鋭くなり、こちらを強く押して屈服させようとしてくる。

 言い返す言葉が出せず、いずみは俯く。
 押し黙っても、言葉を並べても、疑いが事実なのだと証明しているような気がした。

「陛下の気まぐれ、ということも考えられませんか? 失礼ながら、常人とは思考が違いすぎるお方ですから」

 水月が諦めずに足掻こうとする。が――。

「言い訳は見苦しいですよ、ナウム。どれだけ貴方がもっともらしい嘘をついても、彼女の反応がすべてを物語っていますよ」

 いつのまにか隣に来たルカが、水月の肩を掴んで強引にいずみから引き離す。
 そして素早く水月の腕を後ろに回し、体の自由を奪った。

 守ってくれていたものが取り払われ、いずみは棒立ちになったままイヴァンを見上げる。

 もうこれ以上は隠し切れない。
 一呼吸してから胸の前で両手をギュッと握り締め、イヴァンの視線を真っ向から受け止めた。

「今まで隠していて申し訳ありません。イヴァン様がおっしゃる通り、私は『久遠の花』……陛下のお体に合わせて薬を調合しています」

 スッとイヴァンの目が細くなり、憤りに満ちていた眼差しが少しだけ和らぐ。

「やはりそうだったか……残念だ。親父を不老不死にさせる訳にはいかないからな、お前たちにはここを出て行ってもらう。素直に従ってくれるなら、手荒な真似はしないが――」

「へー……オレたちをここから逃すなんて、本当にアンタたちにできるのか?」

 取り繕うことをやめた水月が、嘲笑混じりの声でイヴァンの話を遮った。
 怪訝そうに眉根を寄せて、イヴァンが横目で水月を睨みつける。

「ナウム、何が言いたい?」

「オレたちだって、逃げられるものなら今すぐにでも逃げたいんだよ! 『久遠の花』の隠れ里を襲われて、オレやエレーナの家族も仲間も殺されて、無理矢理ここへ連れ込まれて……こんな所、大金もらっても居たくないんだよ」

 威勢が良かったのは最初だけで、水月の声は次第に落ち込み、今にも泣き出しそうな表情へと変わっていく。
 
「逃げ出したくても、ずっと見張られ続けて逃げられねぇ。もし逃げ出せばオレは容赦なく殺されるし、エレーナはオレが死ねば自分で命を断っちまう。……ここで我慢して狂王の薬を作り続けるしか、オレたちが生き残る術はないんだ」
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