白き薬師とエレーナの剣
「イヴァン様、今ここで陛下の治療を止めることはできません。誰かに脅されているからではなく、私は自分の意思でここに残りたいと望んでいます」
一瞬イヴァンは目を丸くしてからスッと細め、苛立ちを隠さぬ鋭い目つきになる。
「家族や仲間の仇を不老不死にすることが、お前の望みなのか? ……理解に苦しむな」
厳しい目で見下され、軽蔑されている気配をひしひしと感じる。
悲しくて胸は詰まったが、いずみは怯むことなく口を動かし続ける。
「いいえ。私の望みは、昔のお優しかった陛下を取り戻すことです。きっと本来の姿へお戻りになられれば、不老不死を思い直して頂けるはずです」
ピクリ、とイヴァンのこめかみが動いた。
「昔の親父に戻す? 勝手にトチ狂って堕落した性根を、薬で治せるというのか? だとしたら、とっくの昔にトトたちが治している。あれは病気じゃない、生まれ持った本性だ」
「確かに陛下の現状はご病気が原因ではありません。でも、今の陛下が本来のお姿という訳でもありません」
いずみは瞳を揺るがすことなく、断言してみせる。
これに気づいた時はまだ半信半疑だったが、治療を続け、少しずつジェラルドの正気が戻りつつある手応えを得て、今は確信している。
ただ、本当は原因を突き止めてから、間違いなく信頼できる人に伝えるつもりだった。
ジェラルドを狂わせた原因を作っている人間に話を漏らさない、自分たちの命を預けられる人に――。
軽く唇を湿らせてから、いずみは引き返せない言葉を形にした。
「陛下は何者かによって毒を与えられて、意図的に精神を狂わされています」
イヴァンとルカから、息を引く音が聞こえてくる。
流石のキリルも驚いたのか、わずかに目を見張り「まさか」と声を漏らしていた。
「俺の手の者がいつも毒見をして、問題のない物を陛下にお出ししている。身に付ける品物に毒が付着していないか、部屋に毒が流れていないかも確かめている。もし毒が使われているなら、何かしらの異常が俺たちに出ているはずだが?」
「ごめんなさい、どんな物が使われているかまでは分かっていません。けれど、今までの治療で陛下は変わりつつあります。……生まれ持った性格のせいだとしたら、改善の兆しは見られませんから」
傍から見ていても、ジェラルドの変化は目に見えて分かる。
特にキリルやイヴァンなら、その狂気が弱まり始めていることを肌で感じているはず。彼らが即座に反論せず困惑していることが、その証拠だった。
あともうひと押しすれば分かってくれるかもしれない。
ふと気が抜けそうになり、いずみの意識が飛びそうになる。
昨日と今日の出来事が心を押し潰してくるが、自分たちの命がかかっている以上、気持ちで負ける訳にはいかなかった。
いずみは手を強く握り込み、手の平へ爪を食い込ませ、痛みで意識を繋ぎ止めた。
「お願いします、イヴァン様! どうか私に陛下の治療を続けることをお許し下さい。数年お時間を頂きますが、必ず陛下のお体を蝕む毒を取り除いてみせます」
言い切った途端にいずみの鼓動が速まり、耳の中で騒ぎ出す。
どうか首を縦に振ってくれますように、と祈っていたが――。
――イヴァンは険しい表情でいずみを睨むだけだった。
「今までの話が真実なら、お前は憎き仇を治療することになる。今は私心を捨てて治療していても、多くを失った恨みは消えぬだろう……いつ気が変わって親父へ復讐し、この国をより混乱に陥れるか分からんお前の言葉を、信じる訳にはいかない」
悲しいけれど、イヴァンの言うことはもっともだった。
治療を施してジェラルドを昔の賢王に戻したとしても、自分たちの家族や仲間の命を奪った事実は消えない。そして、失った命は戻ってこない。
日常を壊されたあの日の悲しみと、理不尽な運命を憎む気持ちがないと言えば嘘になる。
しかし、だからこそ絶対に譲れないものがあった。
一瞬イヴァンは目を丸くしてからスッと細め、苛立ちを隠さぬ鋭い目つきになる。
「家族や仲間の仇を不老不死にすることが、お前の望みなのか? ……理解に苦しむな」
厳しい目で見下され、軽蔑されている気配をひしひしと感じる。
悲しくて胸は詰まったが、いずみは怯むことなく口を動かし続ける。
「いいえ。私の望みは、昔のお優しかった陛下を取り戻すことです。きっと本来の姿へお戻りになられれば、不老不死を思い直して頂けるはずです」
ピクリ、とイヴァンのこめかみが動いた。
「昔の親父に戻す? 勝手にトチ狂って堕落した性根を、薬で治せるというのか? だとしたら、とっくの昔にトトたちが治している。あれは病気じゃない、生まれ持った本性だ」
「確かに陛下の現状はご病気が原因ではありません。でも、今の陛下が本来のお姿という訳でもありません」
いずみは瞳を揺るがすことなく、断言してみせる。
これに気づいた時はまだ半信半疑だったが、治療を続け、少しずつジェラルドの正気が戻りつつある手応えを得て、今は確信している。
ただ、本当は原因を突き止めてから、間違いなく信頼できる人に伝えるつもりだった。
ジェラルドを狂わせた原因を作っている人間に話を漏らさない、自分たちの命を預けられる人に――。
軽く唇を湿らせてから、いずみは引き返せない言葉を形にした。
「陛下は何者かによって毒を与えられて、意図的に精神を狂わされています」
イヴァンとルカから、息を引く音が聞こえてくる。
流石のキリルも驚いたのか、わずかに目を見張り「まさか」と声を漏らしていた。
「俺の手の者がいつも毒見をして、問題のない物を陛下にお出ししている。身に付ける品物に毒が付着していないか、部屋に毒が流れていないかも確かめている。もし毒が使われているなら、何かしらの異常が俺たちに出ているはずだが?」
「ごめんなさい、どんな物が使われているかまでは分かっていません。けれど、今までの治療で陛下は変わりつつあります。……生まれ持った性格のせいだとしたら、改善の兆しは見られませんから」
傍から見ていても、ジェラルドの変化は目に見えて分かる。
特にキリルやイヴァンなら、その狂気が弱まり始めていることを肌で感じているはず。彼らが即座に反論せず困惑していることが、その証拠だった。
あともうひと押しすれば分かってくれるかもしれない。
ふと気が抜けそうになり、いずみの意識が飛びそうになる。
昨日と今日の出来事が心を押し潰してくるが、自分たちの命がかかっている以上、気持ちで負ける訳にはいかなかった。
いずみは手を強く握り込み、手の平へ爪を食い込ませ、痛みで意識を繋ぎ止めた。
「お願いします、イヴァン様! どうか私に陛下の治療を続けることをお許し下さい。数年お時間を頂きますが、必ず陛下のお体を蝕む毒を取り除いてみせます」
言い切った途端にいずみの鼓動が速まり、耳の中で騒ぎ出す。
どうか首を縦に振ってくれますように、と祈っていたが――。
――イヴァンは険しい表情でいずみを睨むだけだった。
「今までの話が真実なら、お前は憎き仇を治療することになる。今は私心を捨てて治療していても、多くを失った恨みは消えぬだろう……いつ気が変わって親父へ復讐し、この国をより混乱に陥れるか分からんお前の言葉を、信じる訳にはいかない」
悲しいけれど、イヴァンの言うことはもっともだった。
治療を施してジェラルドを昔の賢王に戻したとしても、自分たちの家族や仲間の命を奪った事実は消えない。そして、失った命は戻ってこない。
日常を壊されたあの日の悲しみと、理不尽な運命を憎む気持ちがないと言えば嘘になる。
しかし、だからこそ絶対に譲れないものがあった。