白き薬師とエレーナの剣
いずみは背筋を正し、イヴァンの視線から逃げるどころか、挑むように目を合わせて視線をぶつけた。
「私は幼い頃から、どんな悪人であったとしても、病んだ者や傷ついた者を全力で治すことが『久遠の花』の使命だと教わりました。……この信念を曲げるということは、亡くなった一族の志を殺すことと同じです。それだけは絶対にできません」
次第に全身が熱くなり、息が途切れそうになる。
一旦言葉を止めて息継ぎをしてから、いずみは深々と頭を下げた。
「イヴァン様、どうか私に一族の信念を守らせて下さい。お願いします!」
もうこれ以上は言葉が見つからない。
いずみは硬く目を閉じ、イヴァンの審判を待つ。
……ぽん、ぽん、と。
大きな手がいずみの頭を優しく叩いた。
「そうやってお前はずっと戦っていたのか。なるほど、他の者とは目が違う訳だ……エレーナ、顔を上げてくれ」
言われるままにいずみが上体を起こすと、イヴァンは薄く微笑みながらこちらを見つめていた。
「親父がまともになって昔のような政をしてくれるなら、バルディグにとっては一番望ましいことだ。それが叶うというなら俺も力を貸そう……キリル、それでいいか?」
振り向かずに話しかけるイヴァンへ、キリルは小さく頷き、剣を鞘に収めた。
チン、と音がなると同時に、張り詰めていた場の空気が軽くなる。
(良かった……誰も傷つかずに済んで……)
思わずいずみの口から、安堵の息が溢れる。
と、急に視界が白み、全身から力が抜けて前へ倒れそうになる。
「エレーナ?!」
イヴァンの慌てた声と、咄嗟に抱き止めてくれた腕の感触を最後に、いずみの意識は途絶えた。
(いずみ!)
急いで短剣を鞘に戻していずみに駆け寄ると、水月は奪うようにイヴァンから引き離し、ギュッと抱き締める。
薬で抑えていたはずの体温が、朝よりも高くなっている。
きっとしばらく眠れば回復してくれるだろうが……。そう分かっていても、心はやるせなかった。
(畜生。少しは強くなったから、守ってやれると思ったのに……)
己の力無さと、いずみを追い詰めたイヴァンたちに腹が立つ。
心が乱れて、思うままに罵倒したい衝動に駆られそうになる。
だが、ここへ来た時にキリルから言われたことが脳裏に浮かぶ。
『冷静さを失えば、相手に付け入る隙を与えるだけだ』
『あの娘を生かしたいなら、これから一切の隙を見せるな』
己の心よりも、少しでもいずみのためになるよう動かなければ。
水月は荒ぶる心を適度に押さえつけ、素早く頭を働かせながら肩を震わせた。
「可哀想に……昨日の襲撃のせいで熱出して、無理して薬草の手入れに来たらこの有様。どうしてエレーナがこんな目に合わなきゃいけないんだよ。これで心が壊れちまったら、アンタらのせいだからな!」
横目でイヴァンの顔を見ながら責め立てると、彼は罰が悪そうに眉根を寄せた。
こんな無力で健気な少女を追い詰めて、さぞ罪悪感でいっぱいになっているはず。
ましてや、わざわざ誕生日の祝いに贈り物をするくらい気に入っている相手なら尚更だろう。
罪の意識といずみへの好意が、彼女を守る二つの盾となる。
一つはジェラルドを元に戻されては困る者から守るための、手厚い保護。
もう一つは、これ以上いずみと距離を縮めて、気まぐれに手を出されないための予防線だった。
「私は幼い頃から、どんな悪人であったとしても、病んだ者や傷ついた者を全力で治すことが『久遠の花』の使命だと教わりました。……この信念を曲げるということは、亡くなった一族の志を殺すことと同じです。それだけは絶対にできません」
次第に全身が熱くなり、息が途切れそうになる。
一旦言葉を止めて息継ぎをしてから、いずみは深々と頭を下げた。
「イヴァン様、どうか私に一族の信念を守らせて下さい。お願いします!」
もうこれ以上は言葉が見つからない。
いずみは硬く目を閉じ、イヴァンの審判を待つ。
……ぽん、ぽん、と。
大きな手がいずみの頭を優しく叩いた。
「そうやってお前はずっと戦っていたのか。なるほど、他の者とは目が違う訳だ……エレーナ、顔を上げてくれ」
言われるままにいずみが上体を起こすと、イヴァンは薄く微笑みながらこちらを見つめていた。
「親父がまともになって昔のような政をしてくれるなら、バルディグにとっては一番望ましいことだ。それが叶うというなら俺も力を貸そう……キリル、それでいいか?」
振り向かずに話しかけるイヴァンへ、キリルは小さく頷き、剣を鞘に収めた。
チン、と音がなると同時に、張り詰めていた場の空気が軽くなる。
(良かった……誰も傷つかずに済んで……)
思わずいずみの口から、安堵の息が溢れる。
と、急に視界が白み、全身から力が抜けて前へ倒れそうになる。
「エレーナ?!」
イヴァンの慌てた声と、咄嗟に抱き止めてくれた腕の感触を最後に、いずみの意識は途絶えた。
(いずみ!)
急いで短剣を鞘に戻していずみに駆け寄ると、水月は奪うようにイヴァンから引き離し、ギュッと抱き締める。
薬で抑えていたはずの体温が、朝よりも高くなっている。
きっとしばらく眠れば回復してくれるだろうが……。そう分かっていても、心はやるせなかった。
(畜生。少しは強くなったから、守ってやれると思ったのに……)
己の力無さと、いずみを追い詰めたイヴァンたちに腹が立つ。
心が乱れて、思うままに罵倒したい衝動に駆られそうになる。
だが、ここへ来た時にキリルから言われたことが脳裏に浮かぶ。
『冷静さを失えば、相手に付け入る隙を与えるだけだ』
『あの娘を生かしたいなら、これから一切の隙を見せるな』
己の心よりも、少しでもいずみのためになるよう動かなければ。
水月は荒ぶる心を適度に押さえつけ、素早く頭を働かせながら肩を震わせた。
「可哀想に……昨日の襲撃のせいで熱出して、無理して薬草の手入れに来たらこの有様。どうしてエレーナがこんな目に合わなきゃいけないんだよ。これで心が壊れちまったら、アンタらのせいだからな!」
横目でイヴァンの顔を見ながら責め立てると、彼は罰が悪そうに眉根を寄せた。
こんな無力で健気な少女を追い詰めて、さぞ罪悪感でいっぱいになっているはず。
ましてや、わざわざ誕生日の祝いに贈り物をするくらい気に入っている相手なら尚更だろう。
罪の意識といずみへの好意が、彼女を守る二つの盾となる。
一つはジェラルドを元に戻されては困る者から守るための、手厚い保護。
もう一つは、これ以上いずみと距離を縮めて、気まぐれに手を出されないための予防線だった。