白き薬師とエレーナの剣
まさかあっさり了承するとは思わず、水月は目を見張る。
いくらこの件を知る人間を増やしたくないとしても、キリルは役不足な者を使うような甘さなど持ち合わせていない。
裏を返せば、少なからずこちらの力を認めているということ。
……今までの扱いを思うと、そんな実感は沸かなかったが。
イヴァンは「決まりだな」と頷くと、ルカに顔を向けた。
「これから俺は執務に戻るが、お前はキリルからこれまでの詳しい経緯と、今後のことを聞いておいてくれ」
「分かりました。……キリル、場所を変えて話をしましょう。ついて来て下さい」
キリルを一瞥してからルカは踵を返し、機敏な歩みで扉へ向かう。その後ろをキリルが何も言わずについていく。
イヴァンは横目で二人の背を見送ると、水月に目を合わせた。
「ナウム、エレーナの目が覚めたら伝えておいてくれ。この件を終わらせたら必ずお前たちを自由にする。それまでは辛いと思うが辛抱してくれ、と」
返事をしようとして、はたと水月はイヴァンに対して敬語を忘れていたことに気づく。
余裕がなくて、思わず素の言葉が出てしまった。流石にそれはまずかったと、内心冷や汗を垂らす。
「お気遣いありがとうございます。そう言って頂けると、エレーナも喜びます」
失礼のない言動に戻したつもりだったが、何故かイヴァンは不快そうに顔をしかめた。
「周りに人がいない時は、俺に堅苦しい態度は取らなくてもいい。お前は俺の部下ではないし、上辺だけの言葉で回りくどく報告されても頭に入ってこないだけだからな」
ああ、これは厄介な類の人間だ。
己を隠す仮面を着けさせず、少しでもこちらの本心を見抜こうとしているのだ。この王子の前では絶対に気は抜けない。
遠慮したいところだが、今は少しでもイヴァンの信用を得たい。
水月は大きく頷くと、扉を開けかけたルカを見やった。
「ご要望というなら喜んで。でも、アンタの従者にちゃんと説明しておいてくれよな」
すぐに応じるとは思っていなかったらしく、イヴァンが面食らった顔をする。
そして一笑すると、こちらに背を向けて立ち去っていった。
残された水月は、腕の中で眠り続けるいずみに視線を落とす。
(一族の信念を守りたい、か。それがお前の望みならオレは受け入れるしかない。でも――)
いずみの頭を支えている手の指を動かし、滑らかな髪を撫でる。
「――頼むからずっとその信念に縛られて、自分の心を押し殺し続けないでくれよ。オレは亡くなった人間よりも、生きているお前のほうが大切なんだからな」
声にならない声で耳元で囁き、水月はいずみをギュッと抱き締める。
触れ合うところから彼女の熱が移ってくる。朝食の前に額へ触れた時よりも熱くなっている気がした。
いくらこの件を知る人間を増やしたくないとしても、キリルは役不足な者を使うような甘さなど持ち合わせていない。
裏を返せば、少なからずこちらの力を認めているということ。
……今までの扱いを思うと、そんな実感は沸かなかったが。
イヴァンは「決まりだな」と頷くと、ルカに顔を向けた。
「これから俺は執務に戻るが、お前はキリルからこれまでの詳しい経緯と、今後のことを聞いておいてくれ」
「分かりました。……キリル、場所を変えて話をしましょう。ついて来て下さい」
キリルを一瞥してからルカは踵を返し、機敏な歩みで扉へ向かう。その後ろをキリルが何も言わずについていく。
イヴァンは横目で二人の背を見送ると、水月に目を合わせた。
「ナウム、エレーナの目が覚めたら伝えておいてくれ。この件を終わらせたら必ずお前たちを自由にする。それまでは辛いと思うが辛抱してくれ、と」
返事をしようとして、はたと水月はイヴァンに対して敬語を忘れていたことに気づく。
余裕がなくて、思わず素の言葉が出てしまった。流石にそれはまずかったと、内心冷や汗を垂らす。
「お気遣いありがとうございます。そう言って頂けると、エレーナも喜びます」
失礼のない言動に戻したつもりだったが、何故かイヴァンは不快そうに顔をしかめた。
「周りに人がいない時は、俺に堅苦しい態度は取らなくてもいい。お前は俺の部下ではないし、上辺だけの言葉で回りくどく報告されても頭に入ってこないだけだからな」
ああ、これは厄介な類の人間だ。
己を隠す仮面を着けさせず、少しでもこちらの本心を見抜こうとしているのだ。この王子の前では絶対に気は抜けない。
遠慮したいところだが、今は少しでもイヴァンの信用を得たい。
水月は大きく頷くと、扉を開けかけたルカを見やった。
「ご要望というなら喜んで。でも、アンタの従者にちゃんと説明しておいてくれよな」
すぐに応じるとは思っていなかったらしく、イヴァンが面食らった顔をする。
そして一笑すると、こちらに背を向けて立ち去っていった。
残された水月は、腕の中で眠り続けるいずみに視線を落とす。
(一族の信念を守りたい、か。それがお前の望みならオレは受け入れるしかない。でも――)
いずみの頭を支えている手の指を動かし、滑らかな髪を撫でる。
「――頼むからずっとその信念に縛られて、自分の心を押し殺し続けないでくれよ。オレは亡くなった人間よりも、生きているお前のほうが大切なんだからな」
声にならない声で耳元で囁き、水月はいずみをギュッと抱き締める。
触れ合うところから彼女の熱が移ってくる。朝食の前に額へ触れた時よりも熱くなっている気がした。