白き薬師とエレーナの剣
「ごめんなさい、簡単なことしか手伝えなくて……本当なら手当てのお手伝いもしたいのに――」

 急にトトと薬師は目を見張り、各々に首を横に振った。

「いやいやいや、それとこれとは話が別だよ」

 トトの意見に、薬師が小刻みに頷く。

「そうそう。あんな飢えた男ばっかりの所に、こんな若くて可愛い子を放り込んだら大変なことになるじゃないか」

 年齢が若いのはその通りだが、やっぱり可愛いというのは言い過ぎている気がする。
 腑に落ちず、いずみは小首を傾げる。

「でも、皆さん傷ついて身動きが取れないなら大丈夫な気がします。それに、お城で働いている女性も、手当ての手伝いに来ているみたいですし……」

「女に飢えた野郎どもを甘く見たらダメだぞ、エレーナ」

 横から水月の声が飛んできて、三人の視線がそちらに向けられる。
 ここ数ヶ月で大人の背丈に近づいた水月は、腕を組み、呆れたように肩をすくめた。

「侍女の若い女が手伝いに来たら、例外なく尻撫でてくるヤツがいるし、中には抱きついてくるヤツもいるんだぞ? そんな所に可愛い妹を向かわせるなんて、絶対に嫌だ」

 熱弁を振るう水月へ、薬師が「その通りだナウム」と拳を握る。

「エレーナは我々にとって大切な娘みたいなものだ。エレーナをあそこへ行かせるくらいなら、連日徹夜の方が何万倍もマシだ」

 加熱する二人を諌めることなく、トトはゆったりした動きで頷いている。

 ……大切にしてもらえるのは嬉しいけれど、ちょっと過保護な気がする。
 段々と気恥ずかしくなってしまい、いずみは視線を下に向けて作業に徹した。

 雑談は終わり、トトや中年の薬師はそれぞれの作業に戻る。
 いずみが木の実を完全に粉状にすり潰して作業を終えると、見計らったように水月がこちらに近づき、肩をポンと叩いてきた。

「悪ぃがちょっと来てくれるか? 兵舎に運ぶ薬を箱に詰めて欲しいんだ」

 そう言うと、水月は親指を立てて保管庫を指さす。
 いずみは「分かったわ」とコクンと頷き、トトに一声かけた。

「おじいちゃん、ちょっとここを離れるね」

「分かったよ。それならナウムを手伝ってから、エレーナは休んでおくれ。後は私たちだけで間に合うから」

 これは部屋に戻ってジェラルドの薬を作れという指示。
 どう周りを見ても忙しさは相変わらずで、手伝いを止めることが後ろめたい。

(……おじいちゃん、みなさん、ごめんなさい)

 いずみは心の中で謝りながらトトに「ありがとう」と伝えると、水月と共に保管庫へ入った。
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