白き薬師とエレーナの剣
 扉をバタンと閉めると、水月は大きく背伸びをしてから、近くに立てかけてあった底の浅い大きな木箱を手に取った。

「オレは傷薬と痛み止めを入れていくから、エレーナは胃腸薬と熱冷ましの薬を入れてくれ」

 いずみは大きく頷いてから部屋の奥にある棚まで行くと、下から三段目の――一番取り出しやすい引き出しを開ける。
 中には、普段からよく使われている粉薬や丸薬が入った小袋が並べられていた。
 薬を判別できるよう、袋には薬の種類に合わせた模様が塗られており、ひと目見ればすぐに欲しい薬を探すことができた。

 手に持てるだけ小袋を持ち運んで箱に入れていると、水月が布を広げ、陶器の入れ物に入った軟膏や薬液入りの小瓶を次々と入れている姿が視界に入る。
 想像していた以上にたくさん薬を運ぼうとしている。それを見て思わずいずみは目を見張った。

「そんなにいっぱい薬が必要になっているの?」

「ああ。かなり苦戦しているみたいだからな、頻繁にケガ人が運ばれているんだ。もう床の空きすら無くなってるから、少しでも回復したら戦場に送り出しているって状況だ。……せっかく命拾いしたのにまた死地に送り出されるんだから、哀れなもんだ」

 水月の声の調子はいつも通りだが、彼には珍しく、どこか思いつめた顔をしている。
 兵舎の現状を目の当たりにして心を痛めているのだろう。顔見知りになった兵士も少なくない。
 
 いずみが表情を曇らせていると、水月はハッとなって笑顔を作った。

「安心しろよ、エレーナ。今イヴァン様が戦いを終わらせるために交渉してるから、近い内に落ち着くハズだぜ。あと少しで終わるから、それまでの辛抱だ」

 終わりが見え始めていると分かった瞬間、いずみの心が少し軽くなる。
 ただ、胸に硬くて刺々しいものがずっと留まり続けていた。

「ええ、分かっているわ。でも――」

「エレーナは自分のできることをやれば、それで良いんだ。誰であっても出来ることには限りがあるんだから、あんまり背負い込むなよ」

 ポンポン、と頭を軽く叩かれ、いずみは目を細めて水月を見つめる。

「……私よりも、ナウムのほうが背負い込み過ぎている気がするわ。いつも誰かのために動いてばかりで、自分のことはどうでもいいような感じがするから……」

 口では素っ気ないことを言っていても、常に周りの心配をしている。
 根は優しい人なのだと思う。けれど時折、敢えて自分を傷つけているように感じてならない。

 水月は一瞬目を丸くした後、わずかに苦笑を浮かべた。

「オレがそんなお人よしの自虐人間な訳ねぇだろ。単にそういう風に見えるよう振舞っているだけで、皆のために犠牲になろうって気なんざ、これっぽっちもないぞ」

 そう言うと立ち上がり、踵を返して薬を取りに向かう。
 ここへ来た時よりも大きくなった水月の背を見ながら、いずみは口元を綻ばせる。

(誰だって普段から考えもしないことなんて出来ないわ。それが演技だとしても……)

 相手のことを考えるからこそ、その相手が求めることに気づいて応えられる。
 水月が以前よりも優しく、背丈と共に心も大人になったような気がした。
< 93 / 109 >

この作品をシェア

pagetop