白き薬師とエレーナの剣
夕方になり、いずみはトトと共にジェラルドの元へ向かう。
いつもの部屋へ通されると、椅子に座ったままのジェラルドが嬉しそうに目を細めていた。
「待っていたぞ。さあ、早くこちらへ来い」
ここ最近ジェラルドの機嫌はすこぶる良い。威圧感は変わらずだが、初めて対面した時のような鋭く尖った禍々しいものではなく、間近にいても息苦しさを感じなくなった。
いずみは言われるままに距離を縮めて跪くと、「失礼します」とジェラルドの手を取り、肌艶を確かめつつ脈を測る。
まだ血色は悪いが、痩せ細っていた以前に比べると肉付きが良くなっている。わずかずつだが、確実に回復している手応えがあった。
「今日はお体の調子に変わりはありませんでしたか?」
「問題ない。むしろ動かないと落ち着かなくてな、久方ぶりにキリルと手合わせしていたぞ」
これも最近になって見られるようになった回復の兆しだ。
治療を始めた直後は歩くことすら辛そうで億劫がって、最低限の動きしかなかったが、今では自分から剣の鍛錬をするまでになっている。さらに調子が良い日は、近くの森へ狩りに出かける時もある。
ただ、失われた体力や筋力はそうそう簡単には戻らない。少し無理をしてしまい、翌日に体調を崩すこともしばしばあった。
いずみは微笑みながら、困ったように眉間を寄せる。
「日に日に回復に向かっているお姿を見ることができて、私も嬉しく思います。でも、あまりご無理はされないで下さい」
チラリとジェラルドの鋭い目がいずみに向く。凄みはあるが、どこか拗ねた視線で怖さを感じさせなかった。
「言われずとも分かっておる。キリルからもしつこく言われているからな……早く思いのままに体を動かしたいものだ」
小さく息をついてジェラルドは一笑すると、瞳を前に戻し、虚空を見つめる。
「できれば朝から動きたいところだが、昼になるまで頭が朦朧として気だるさが抜けぬ。昼過ぎにならなければ動けぬこの身が歯がゆいな」
悔しさを滲ませるジェラルドに、いずみは顔を曇らせる。
一番穏やかにやり取りできるのは夕方。これは診察を始めてからすぐに分かったこと。
本来なら朝に診察することが望ましかったが、自分を制御できず、その時の気分で切り捨ててしまうかもしれないと、ジェラルドが夕方の診察を希望したのだ。
改善は見られても、根本はまだ変わっていない。一気に治せないことに、いずみも歯がゆさを感じていた。