白き薬師とエレーナの剣
 序盤は互いに無言で駒を置いていき、ひと通り並べた所でイヴァンの手が止まった。
 腕を組んで盤面を眺めながら小さく唸ると、おもむろに水月と目を合わせる。

「そっちで新たに分かったことはあるのか?」

 水月は残念そうに顔をしかめ、首を横に振る。

「いいや、進展なし。オレもキリルたちも色々と調べているが、それらしい物は見つかっていない。……一番疑わしいのは誰なのか、分かってるのになあ」

 バルディグ内にいる大半の人間は、狂王がいなくなればいいと思っている。
 だから少し調べれば、ジェラルドに毒を盛って殺害しようとする動きがいくつも見つかる。

 しかし、いずみが疑っている毒は、人を殺す物ではなく正気を失わせる物。
 ジェラルドが殺されることも、正気を取り戻すことも望んでいない人物は誰かを考えれば、自ずと疑わしい人間は絞れてくる。

 宰相ペルトーシャの一族を調べ続ければ、いつか尻尾を掴めるだろうと確信している。
 ただ、今は自分が目の前で振られる尾を捕らえられないノロマな猫のようで、情けなく感じてしまう。

 本命の情報はなかなか手に入れることはできない。
 その代わり、他の不穏な話はいくつも耳に入ってきていた。

 イヴァンが「そうか」と言って駒を置くのを見ながら、水月は駒の頭を摘んでユラユラと振った。

「あーそうそう、宰相の次男がアンタを引きずり下ろそうと、裏で色々と画策しているようだぜ? 用心しておけよ」

 もしイヴァンに何かあれば、ようやく見つけた自由への道が閉ざされてしまう。
 それに、いずみが延々と心を痛め続けてしまう。ただでさえ一族を失った傷を抱えているのに、イヴァンが加わってしまえば間違いなく心は潰れ、壊れてしまうのは目に見えていた。 
 
 水月の忠告にイヴァンは顔色を変えず、ゆっくりと腕を組んだ。

「そんな動きがあるのは薄々感じていたが、本格的に動き始めたか。俺の立場を落として、アイーダ嬢を后に迎えざるを得ない状況にしようというところか」

「分かってんなら、さっさと別のヤツを后に迎えちまえよ。このままじゃあ宰相が権力を強める上に、やっぱり王子は男色家だって侍女たちが大喜びするだけだ」

 わざとらしくニヤリと笑って、水月は盤上に駒を落とす。
 ふと前に視線を戻すと、イヴァンはなんとも複雑そうに頬を引きつらせ、がっくりと項垂れた。

「どうして后を娶らんというだけで、男好きだと決めつけられるのだ……まったく、不愉快極まりない」

「だってなあ、オレがキリルに密偵の真似事をさせられるようになってから、アンタの浮いた話って一つも聞いたことがないぞ? そりゃあ言われて当然だろ」

 本気で嫌がっているイヴァンへ、水月はさらに追い打ちをかけてほくそ笑む。
 この王子と向き合い続けるのはだったが、こうしてからかえるのは気分がいい。

 が、スッと目を細めて視線の温度を下げる。

「今のところ、アンタの懐に一番深く入っているのはエレーナなんだろ? 何年か経ったらどこかの貴族の養子にして、后に迎えるなんてことは――」
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